相違する価値観が浮彫りに

やがて來未は大学に行かない日が増えていった。

朝になっても布団から出てこず、講義があるのか尋ねても「今日は休む」と短く答える。

バイトもシフトを減らしたと聞いた。原因は熱愛報道だろう。

「來未、大丈夫? そんなに落ち込んで……」

「だってさ……あんな写真まで公開されたら、信じ続けるの辛いよ。本人だけじゃなく、擁護派のファンも、ネットで叩かれまくってるし」

「だったら、しばらくネット見ない方がいいんじゃない?」

「それはそうなんだけど……見なきゃ見ないでストレス溜まるんだもん」

夕方、やっとリビングにやってきた彼女の目は赤く腫れていた。

英子は言葉を探しながら、思わず口にしてしまった。

「よくもまあ、他人のことでそこまで……」

來未は一瞬こちらを睨み、そして視線をそらした。

英子は慌てて続けた。

「別に、責めてるんじゃない。ただ、私には理解できないだけ。そんなに感情を揺さぶられるほどの存在がいるってことがね」

リビングに沈黙が落ちた。時計の針の音だけがやけに大きく響く。

英子は娘の背中を見つめながら、どうすればいいのか考え込んだ。

「推し活」というものを、英子は軽く見ていたらしい。來未にとっては、彼女自身が言う通り、人生の生きがいであり、失えば日常生活が立ち行かなくなるほど大きな存在だったのだ。

母として守ってやりたい気持ちと、「そこまで他人に依存してどうするんだ」という困惑が入り混じる。

英子の中で2つの感情がせめぎ合い、落ち着く場所を見つけられない。

「來未……冷静に考えてよ。大学も、バイトも、全部やめちゃったら困るのは自分だから」

「わかってるよ……でも、今は気力が出ないの」

か細い声で答える娘の姿は、いつになく幼い。胸の奥が痛み、同時にどうしようもない無力感に襲われる。途方に暮れてリビングの窓を見やると、暗がりの中に街灯が灯り始めていた。

●生きがいとなっていた推しにスキャンダルに生活がままならぬほど落ち込む娘を理解できない英子。そんな娘に英子が予期せぬ再起が!  後編【「もう無理…」と“推し”の炎上で変わり果てた娘…が新しい世界で再び輝き出す「出会い」】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません