絵里子はキッチンで鍋をかき混ぜながら、深いため息をついた。夕食の献立は、軟らかめに炊いた肉じゃがにレンコンのきんぴら、なめこのみそ汁。いずれも23歳の息子・裕也の好物ばかりだ。商社勤務の夫は海外赴任中のため、ここ数年は母子2人の暮らしが続いている。もう夕飯のメニューではしゃぐような子供ではないと分かってはいても、ついついこうして裕也の好みに合わせて食事を作ってしまうのだ。

「……祐也、ご飯できたわよー!」

完成した料理を皿に盛り付け、大きく息を吐くと、絵里子はあえて声を張り上げた。すると間もなく、リビングでテレビを見ていた祐也が無言でやってきて、椅子に腰を下ろした。

当然のように「いただきます」のあいさつはない。それに慣れ切っている絵里子は、特に注意することもなく箸を取った。

「……どう? 今日のおみそ汁はなめこだよ。裕也、昔から好きだったでしょう?」

「ん……」

小さく声を漏らしただけの裕也に、絵里子は再びため息をつきそうになるのをぐっと堪えた。

年が明ければ、祐也が新卒で入った会社をわずか3カ月で辞めてから半年がたつ。

裕也は、会社を辞めた理由について、多くは語らなかった。ただ一言、「合わなかったから辞めた」と告げて以来、何をするでもなく、ぼんやりと毎日を過ごすようになった。最初は職場環境が悪かったのかと心配し、仕事の話題には触れないように気を使っていたが、こうも無気力な生活が続くと、さすがに焦りと不安が募ってしまう。23歳の息子が、毎日家にこもって無表情でスマホを眺める姿を見るのは、母親としてはつらいものだ。

眉ひとつ動かさず、黙々と箸を動かす裕也の姿を眺めながら、絵里子はやや遠慮がちに口を開いた。

「ねえ、祐也……そろそろ次のことを考えてもいいんじゃない? これから年末年始に向けて、採用が増えるころでしょう?」

祐也は箸を止め、絵里子の顔をちらりと見たが、すぐに視線をそらした。

「うん……わかってるよ。でも、今はまだ……」

「そう……」

いつも通りの歯切れの悪い会話のやり取りに、絵里子の胸は痛んだ。

これまでにもそれとなく再就職の話や知り合いのつてを頼んだアルバイトの話も持ちかけてみたが、祐也は一向に乗り気にならない。

一体何がそんなに息子をためらわせるのだろうか。

普段ならここで会話は立ち消えてしまうが、絵里子は思い切って深追いをした。

「ねえ、裕也……もし自分のやりたいことがあるのなら、お母さんも喜んで協力するからね。何かしてほしいことがあれば相談してよ。お母さんに言いにくければ、お父さんでもいいし……」

祈るような気持ちでそう伝えたが、祐也は軽くうなずくと、何も言わずに食事を終え、自分の部屋に戻っていってしまった。

誰もいなくなった食卓を眺め、絵里子は今度こそ盛大にため息をついた。