<前編のあらすじ>

30代の会社員・望海は、職場で親の介護の話題が出たことをきっかけに、疎遠になっている母のことを思い出す。

小さい頃から母の一方的な決めつけに息苦しさを感じていた望海は、5年前の離婚報告時に母から「恥ずかしい」と言われたことで関係が決定的に悪化していた。

スーパーでバレンタイン商品を目にした望海は、中学時代に母と一緒にチョコを作った記憶を思い出す。それは数少ない母との良い思い出だった。そんな思いを胸に久しぶりにチョコ作りに挑戦する決意を固めたのだった。

●前編【「みっともないことしないで」離婚報告に取り合わなかった母との確執…それでも久々の帰省を決意させた“ある記憶”とは

母の手つきを思い出しながら

帰宅すると、望海は買い物袋をキッチン台に置いた。板チョコ、生クリーム、ココア、小さな箱。それらを並べただけで、気持ちが少し折れそうになる。

学生のころは、横に母がいた。けれど今は1人だ。

鍋に湯を張り、ボウルを重ねる。チョコを割り入れ、へらで混ぜた。最初はつやが出たのに、温度が上がりすぎたのか、急にざらつく。眉を寄せて火を弱めたが、もう遅かった。

「……失敗か」

へらを置くと乾いた音がする。台の上がべたつき、指先に甘い匂いが残った。

諦めるのは簡単だ。だが、箱も材料も、もう買ってしまっている。

湯を替えて、2度目。

今度は慎重に、と思うのに、焦りが混ぜる回数を増やす。生クリームを入れると白い筋が伸び、なかなかまとまらない。

「なんで、うまくいかないの」

声に出すと、余計に情けなかった。

望海は一旦ボウルを外し、深く息を吸う。スマホに反射した自分が、思ったより泣きそうな顔をしていて驚いた。がさつだという自覚はある。急いで、端折って、うまくいかなければ不機嫌になる。

その癖が、台所でも出てしまう。

母の手つきが、唐突に思い出された。鍋を少しずらし、余熱で溶かし、へらはゆっくり。端的で短い指示。

「火、弱くして。混ぜすぎない」

望海は小さく頷き、コンロのつまみを戻した。混ぜるのをやめ、待つ。溶けた部分から静かに寄せ、艶が戻るまで我慢する。型はない。

クッキングシートに小さく落とし、ココアを薄くまぶした。形はそろわないが、指でつまめる大きさだ。冷蔵庫に入れ、扉を閉めたところで、ようやく落ち着いた。

「……洗い物、多いな」

固まるのを待っている間に、流し台を片づける。ボウルの縁に残ったチョコは、なかなか落ちない。スポンジを握り直し、こすって洗い流す。力を入れた拍子に水が跳ね返り、自分にかかる。こういうところを、昔から母に注意されていた気がした。

「そろそろかな」

数時間後、固まったのを確かめて箱に詰める。そして逃げ道を断つようにふたを閉めた。

ここまで準備した以上、帰省しないという選択はないだろう。

望海はスマホで週末の電車の時間を調べ、乗り換えをメモに残す。1泊分の下着と靴下、最低限の化粧品をポーチに入れた。充電器も忘れない。連絡先を開きかけて、すぐに閉じる。

「電話は……まだ、いいか」

紙袋に箱を入れ、玄関の横に置く。鍵と財布をテーブルに並べ、明日のアラームを設定した。灯りを消してベッドに潜り込んでも、なかなか眠れなかった。