母からの謝罪と本音
「今まで悪かったね」
声は小さいが、確かな謝罪だった。
「離婚の話を聞いたときも、私、恥ずかしいとか親戚がどうとか、そういうことばかり言った。あなたの気持ちを、ちゃんと分かろうとしてなかった。ごめんね」
望海は湯のみの縁を指でなぞる。熱さが指先に残る。急いで返事をすると、また余計なことを言ってしまいそうで、わざと間を置いた。
「そうだね。恥ずかしいって言われたのは、ショックだったよ。お母さんは私の話、聞いてくれないんだって思った」
母は顔を上げ、望海の目を見る。長い時間、視線が外れない。
「そうだよね。あんな言い方、しなければよかった」
「お母さん、私ね……結婚生活で、幸せな時間はほとんどなかったの。落ち込んだり、苛ついたりすることが多くて、彼と一緒にいると、どんどん自分が嫌いになっていった。だから別れたの」
「望海……」
「離婚したことを後悔したことはないし、今の方がずっと幸せ」
「そう……話してくれてありがとう。望海が元気そうで、嬉しい。こうして顔を見られて、本当に」
喉の奥が熱くなり、望海は湯のみを口に運んだ。飲み込んでから机に置くと、音が静かに響く。
「あと……私もごめん」
「何が?」
「年末の電話。用件も聞かずに切っちゃったこと」
母の眉が少し下がる。珍しく困ったような顔だった。
「別にいいわよ。忙しかったのは本当でしょう」
望海は箱を見つめた。ふたの角が少し潰れているし、チョコの形もそろっていない。それでも母は、愛おしそうに手に取って食べてくれた。
「泊まるの?」
急に、現実の話になる。
「うん。1泊する。明日の夕方には戻る」
「布団、出すね。洗面所のタオルも替えとく」
母は立ち上がり、流しへ湯のみを運んだ。望海も続いて立ち上がり、空いた皿を重ねる。
水の音と、食器が触れる軽い音がする。その音を聞きながら、望海は呼吸を整えた。
大げさに何かが変わったわけではない。ただ、当たり前にここに立っていられることが嬉しい。背中越しに、母が言う。
「今度は、連絡してから来なさい」
望海は一拍置いて答えた。
「うん、そうする」
テーブルの上には、空になりかけた箱と、冷めていく湯気の跡。
温かな家の中には、時計の針が進む音だけが聞こえていた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
