まだ湯気の立つ味噌汁をすすると、灯里は静かに椀を置いた。食卓には夏野菜の天ぷらと肉じゃが、ほうれん草の白和え。何でもない食事風景のはずが、その空気はどこか張りつめている。
「翔太、お前……今まで何社受けて、選考はどこまで進んでるんだ?」
夫の宏が、箸を止めて真剣な表情で問いかけた。
就活が難航する息子をなじる夫
今日もまたこの時間が始まった。息子の翔太は現在大学4年生。3月から就職活動を始めたが、結果はあまり芳しくない。
「……たぶん今、30社くらい」
俯いて答える翔太の声は、蚊の鳴くように小さい。
「それで、まだ1社も内定がないのか」
「1次面接までは通るんだけど……」
「そんなのは当たり前だろ。現時点で残っているのは、どこの企業だ?」
「どこって……普通のメーカーだけど……中堅の」
「そんな会社に就職してどうする? お前は、何のために大学に入ったんだ?」
「それは……」
「どうせ将来のことも考えず、遊び呆けていたんだろう。いい加減甘えは捨てろ」
いつにも増して辛辣な物言いに、灯里は思わず口を挟んだ。
「でもあなた、今は新卒の採用基準も厳しくなってるって聞くし……」
「いや、それは言い訳だ」
宏は灯里をちらりと見ただけで台詞を続けた。
「世の中が厳しいのは当然だ。その中で結果を出せないのは、努力が足りないからだ」
翔太は箸を置いて、じっと茶碗の中を見つめている。表情を強張らせたままで、言葉は出てこない。灯里は彼の顔を見て、胸が締めつけられるような気持ちになった。
「そのうち相性のいい会社が見つかるわよ。翔太、頑張ってね」
「……うん」
おそるおそる声をかけると、ようやく小さな声が返ってきたが、力はこもっていない。
やがて先に食べ終えた宏が手のひらを合わせ、席を立つ。
「ごちそうさん」
「はい、お粗末さまでした。お風呂いつでもどうぞ」
「うん」