父親に委縮し、疲弊していく息子

長年金融機関で働いてきた宏は、40代半ばで支店長にまでなった。数字がモノを言う実力主義の世界で揉まれてきた人だからか、自分にも他人にも厳しい。灯里はそんな夫を尊敬しているし、これまでも彼の意見を大事にしてきた。息子の教育方針に関してもそうだ。だが明らかに萎縮し、疲弊している翔太を見ていると、だんだんとかわいそうにも思えてしまう。

宏の食器を片づけていると、背後で席を立つ音がした。

「……ごちそうさま」

「あ、翔太、今日フルーツあるよ?」

「いや、いいよ……エントリーシート書かないと」

そう言うと翔太は、静かにキッチンを出ていった。灯里は皿を重ねながら、思わずため息をついた。

――どうすればいいのだろう。

宏の言葉は正しい。努力しなければ未来は開けない。でも、翔太に必要なのは正論ではなく、精神的な支えなのではないか。そんな考えがぐるぐると頭をめぐり、落ち着かない。

夜になって、寝室のある2階へ上がった。翔太の部屋の前で立ち止まる。ドアの隙間から漏れる明かりはあるが、中からは物音がしない。灯里はノックせずにそっと覗き込んでしまった。

翔太は机に突っ伏して眠るようにしている。部屋の中は散らかったままで、参考書やエントリーシートの書きかけが山積みになっている。電気はついているのに、なぜか薄暗さが漂っていた。

その光景に、胸が痛んだ。

灯里にはドアをそっと閉めて、何も見なかったふりをすることしかできなかった。