<前編のあらすじ>

年末の大掃除でベランダを掃除していた裕美のもとへ来た上階に住む年配女性・鈴木は洗濯物に埃がついたと激しく激怒する。

翌日、ゴミ出しで再び鈴木と鉢合わせた際にまた同じように嫌味を言われた裕美は心の中で反論したい気持ちを抑え、再び謝罪の言葉を繰り返すしかなかった。

裕美は近所づきあいの難しさを痛感し、年末のチェックリストに「引っ越し」の項目を書き足したい気持ちになりながら、深いため息をついた。

●前編【「どうしてくれるの?」年末の大掃除でベランダ清掃…上階の高齢住人から受けた"執拗な苦情"と理不尽な主張】

眠りを妨げた鈍い響き

12月の終わりが近づくにつれて、夜の空気はいっそう冷たくなった。その日の裕美は、いつもより少し遅くまで仕事をしていた。

入金確認のメールをいくつか処理し、来月のスケジュール表をざっと眺める。数字の並びに、軽い緊張が喉の奥に貼りつく。

「まあ、今日のところはここまでか」

自分に言い聞かせるようにつぶやいて、ノートパソコンを閉じた。もう日付が変わりかけている。照明を落とし、電気毛布のスイッチを入れて布団にもぐり込むと、ようやく身体から力が抜けた。

眠りについたのは、そのすぐあとだったはずだ。連続して、がたん、どん、と天井が鳴った。

「……ん?」

一瞬、夢の一部かとも思ったが、鼓動の速さがそれを否定した。

枕元の時計を見ると、午前5時前だった。布団のなかで身をこわばらせたまま、裕美は天井を見上げる。暗闇に目が慣れるまでの数秒が、妙に長く感じられた。

「勘弁してよ……」

小さく息を吐く。睡眠を邪魔された苛立ちが、まず先に顔を出す。重たいものが倒れたような、鈍い響き。まさか、これはベランダ掃除の報復なのだろうか。

「……さすがに、この時間にあの音はないよね」

誰に聞かせるでもなくつぶやく。

「一度くらいは言いに行ってもいいか」

このまま黙っていれば、きっとまた同じようなことが繰り返されるかもしれない。自分だけが我慢している、という感覚は、精神衛生に悪い。少しくらい、不機嫌に振舞っても罰は当たらないはずだ。

裕美は勢いの残っているうちに布団から体を起こした。冷えた空気が一気に肌へ触れてくる。スウェットの裾を引き下ろし、ダウンを羽織る。スマートフォンを手に取り、時間だけをちらりと確認してからポケットに突っ込んだ。

「寒っ……」

共用廊下に出ると、夜明け前の冷たい空気が頬を刺す。階段を上がるたび、足が重くなる。

こんな時間に人の部屋を訪ねるのは本当は嫌だ。それでも、苛立ちのほうが勝っていた。

上の階の廊下に出ると、鈴木さんの部屋の前に、傘が置きっぱなしになっている。裕美はインターホンに指を伸ばし、一度息を吸う。