<前編のあらすじ>
海外赴任から2年半ぶりに帰国し、昇進を果たした恵太は家族との再会を楽しみにしていた。しかし妻の千賀子も高校生の息子・大智も冷たい態度だった。
リビングには白い布に覆われた祭壇のようなものが置かれ、部屋の隅には土が盛られている。夕食は精進料理のような薄味の汁物と雑穀米、見慣れない山菜だけ。
しかも口座残高が想定より減っていたため、恵太は千賀子に問いただすと「お布施を振り込んでいる」と淡々と答える。恵太の不安と戸惑いは深まるばかりだった。
●前編【「お前本当にどうしちまったんだよ」2年半ぶりに海外赴任から戻った夫が絶句…様変わりした家と妻の冷めた出迎え】
白い布の前で祈る千賀子
夜明け前に目が覚めた。
昨晩よく眠れなかったせいか、わずかに頭痛がする。まだ時差ボケが続いているのか、と恵太は天井を睨んだ。ふと周りを見渡すと、隣のベッドはすでに空だった。廊下に出て、リビングに下りていくと、件の祭壇じみた白い布の前に千賀子が座っていた。
器の位置をそろえ、掌を合わせていた。背筋はまっすぐに伸び、家事の延長であるかのように淡々としている。その静けさが、恵太には異様に見えた。
「千賀子」
千賀子は振り向き、「起きたの」と言った。いつもの妻の声だ。それなのに知らない人の声のように響く。
「これ、片付けろ。元に戻せ」
「……どうして? そんなに邪魔になってないと思うけど」
「邪魔とかじゃない。こういうのが家の中に置いてあるのが嫌なんだ。来客があったらどうする」
恵太が手を伸ばすと、千賀子の手が恵太の手首を掴んだ。強い力ではない。だが、なぜか抵抗できない。
「触らないで。お願い」
「お願いで済む話じゃないだろ。今後は無駄な振込もさせない。お布施だの、寄付だのも、今すぐやめろ」
千賀子は困ったように眉を下げた。
「そんなの急に言われても……困るよ」
「困るも何も、こんなの普通じゃない。お前本当にどうしちまったんだよ、千賀子」
恵太は思い出したように部屋の隅の土の小山を指した。
「あれもだ。家の中に置くようなもんじゃないだろ。片付けてくれ」
千賀子は土を見て、視線を戻した。
「無理よ」
「何でだよ。一体これに何の意味があるんだ」
「……そんな簡単に片づけられるものじゃないの」
答えているようで答えていない。曖昧で抽象的な返答に、恵太の抗議は、行き場を失って壁に当たる。
「とにかく普通に戻してくれ。ここは俺たちの家だろ」
千賀子は「うん」とだけ答え、台所へ向かった。火を点ける音を聞きながら、恵太は白い布の前に立ち尽くした。
