大智が語った母の本音

午後、千賀子は買い物袋を提げて出ていった。

「夕方には戻るね」

穏やかに言って玄関を閉める。付き添うつもりだったが、恵太は結局その小さな背中を見送った。

リビングには白い布が残り、恵太はテーブルに紙とペンを出して、振込の履歴を見返した。

名義、日付、金額。仕事の報告書と同じように処理すれば、状況が掌に戻る気がした。だが、いくら事実を並べても気の重さは減らない。減ったのは口座の数字だけだ。

「大智。ちょっといいか」

部屋を軽くノックして開けると、大智は顔を上げず、「何」とだけ言ってスマホを机の上に伏せた。

「母さんのやってること、止めさせるぞ。少なからず金だってかかってる。お前だって、おかしいと思うだろ」

大智は短く息を吐いた。

「……またそれ」

「またじゃない。大事な話だ。お前の学費だって——」

「母さん、学費の口座には触ってないよ」

恵太の言葉が遮られる。

「そう……なのか?」

「そうだよ。母さんが俺の大学資金を使い込むわけないじゃん。だいたいあんた、全部の通帳見たの? どうせ見てないんでしょ?」

図星だった。以前なら「あんた」などという失礼な物言いを叱ったはずだが、あまりに的確な図星のせいか、恵太は言葉を継げなかった。

夫婦の貯蓄用口座しか確認していない。それどころか、大智の学費用口座の存在すら忘れていた。

恵太は喉の奥が熱くなるのを感じた。大智は、表情を変えずにこちらを見上げていた。父の顔を眺めて、ただ目を細める。

「あんたさ、母さんの話、ちゃんと聞けよ」

「聞いてる。必要なことはちゃんと——」

「必要って、それはあんたの都合だろ。母さんが何か言おうとすると、すぐ要点だけ拾って切るじゃん。それで勝手に分かった気になって結論出すんだよな。『これが効率的だ』ってドヤ顔してさ」

大智の声が少しずつ荒くなる。

「英会話のこと、覚えてる?」

「英会話……?」

「母さんが『英語勉強して会いに行こうかな』って言ったとき。あんた『お前には無理だろ』って笑いながら否定したんだ。母さんは、そうだよねって笑ったけど、俺は忘れてないよ」

恵太は黙った。反論の糸口が見つからない。

「喧嘩がなかったのは、円満だったからじゃない。母さんがあんたに従順で、我慢してただけ。だから、糸が切れたんだよ。母さんが自分を保つ場所が必要になった。それが宗教だっただけだよ」

大智は一度、唇を噛んだ。

「集まりに行くようになって、母さん、楽しそうなんだ。ちゃんと寝れてるみたいだし、笑う回数が増えた。でも、それが、あんたにとっては気持ち悪いだけなんだろ」

恵太は何か言い返そうとして、結局、口をつぐんだ。握りしめた拳が痛い。

大智は言い切って、こちらを一度だけ見た。

「とにかく母さんは今、幸せにやってる。今さら邪魔なんてするなよ」

言い終えると、大智は恵太を部屋から押し出した。ドアが閉まる音が妙に耳に残った。