真面目な息子の通帳から忽然と消えた大金

朝の光が台所の窓から差し込み、床に長い影を落としていた。洗濯機の回転音が止まり、灯里は山のような洗濯物を抱えて2階へ上がった。シャツや靴下を仕分けながら、最後に翔太の部屋の前で立ち止まる。ドアを開けると、昨日と同じく雑然とした空気が漂っていた。

灯里はそっとため息をつき、洗濯物をベッドの端に置いた。どうせならと散らばった紙類や本を少しまとめる。母親の性というのだろうか、気づけば手が伸びていた。

机の上に置かれた就活関係の資料は、赤ペンで添削の跡があり、必死さがにじんでいるように見えた。しかし、どこか投げやりに放り出されたエントリーシートも混じっていて、翔太の揺れる気持ちがそのまま形になっているようだった。

「荒れてるわね……」

半開きになった机の引き出しを閉めようとしたとき、通帳が目に入った。無造作に置かれているそれを手に取った瞬間、なぜか胸の奥がざわついた。好奇心で開けてはいけないと理性が制したが、どうしても指が止まらなかった。ページをめくって、思わず息をのんだ。

「え……」

100万円近くあった貯金がほとんど残っていない。

「こんな大金……何に使ったの」

頭が真っ白になり、通帳を持つ手が震えた。

翔太は考えなしに浪費するような子ではない。小さなころから物欲が薄く、真面目な性格だった。

それだけに、疑問は恐怖に変わっていった。

本当なら宏に通帳のことを話すべきなのかもしれない。しかし、ことさらお金に関して厳しい宏が翔太に対してどんな態度をとるかを思うと、気が進まなかった。もし、この通帳のことを知ったら、宏はさらに強く翔太を責めるに違いない。

灯里は1人で深呼吸をし、そして決めた。

まずは翔太に直接聞こうと。

階段を降りてキッチンに立ち、灯里は夕食の支度に取りかかった。

●就活がうまくいっていない息子。それを心配した母は部屋から使い込まれた謎の通帳を発見することに。その真相とは? 後編【「もう家に居場所がない」就活生の息子を追い詰めたのは、父の正論と「高額セミナー」の罠】にて、詳細をお伝えします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。