蝉がやかましく鳴く夕方、沙織は家族3人で連れ立って歩いていた。目的地の神社からは太鼓の音がドンと響き、提灯の灯りが境内の木々を赤く染めている。

「すごい人だね!」

小学2年の息子、海斗が目を輝かせて言った。Tシャツに短パンという飾り気のない服装のまま、まっすぐにかき氷の屋台へ視線を投げている。

夫はというと、「去年もこんなに混んでたっけ?」と苦笑い。高校時代からの付き合いである彼とは、今でも友達みたいな感覚が抜けない。

「行こうか、あの辺から見て回ろう」

沙織は手を引かれながら、ちょっと背伸びして境内の様子を見渡した。
金魚すくい、焼きそば、射的、りんご飴。どれも昔と変わらない。それでも、こうして家族で訪れると、どこか特別に見えるのが不思議だ。

「あっ、紘くんだ!」
しばらくすると突然、海斗が声を上げて走り出した。

視線をやると、少し離れた場所に、息子と同じクラスの男の子——桜井紘くんが、1人でポツンと立っていた。「一緒に回ってもいいー?」と、海斗がこっちを振り返って叫ぶ。

「いいよ。行ってきな」
「やった!ありがとう!」
財布から五百円玉を何枚か取り出し、海斗の手に握らせると、彼は嬉しそうに走り去っていった。子どもたちだけの世界に、軽やかに入っていくその後ろ姿を見送ると、沙織はふっと息を吐いた。

「よーし、俺らも楽しむか」

いつの間にか屋台のビールを2本持ってきた夫が、にやりと笑った。

「あんまり酔わないでよね。学校の保護者の人も多いんだから」

「はいはい、分かってるって」

沙織と夫は、さらに焼きそばとたこ焼きを買い、ひとつのベンチに並んで座った。ビール片手に食べていると、すぐ隣から笑い声が聞こえてくる。

「なに、笑ってるの? まさかもう酔った?」

「いや、違うよ。こうして2人でお祭りなんて、なんか久しぶりだなって」

「そうだね……」

笑い返しながら沙織は、無意識に心の中で願っていた。この平和な時間が、いつまでも続けばいいと。