息子がお金を貸している?
焼きそばを食べ終え、夫と一緒に金魚すくいの屋台を眺めながら歩いていたときだった。
ふと目の端に、海斗の姿が見えた。すぐそばには紘くんもいる。2人は何やら言葉を交わしながら、屋台の前で立ち止まっていた。
「……ん?」
沙織は、足を止めて彼らの様子を注視した。海斗が、ポケットから小銭を取り出し、紘くんの手のひらにすっと乗せたのだ。その所作は、どこか慣れているようにも見える。
「今……お金、渡した?」
胸の中で不穏な風が吹いた。しかし、2人とも特に揉めている様子もなく、むしろ楽しそうに笑い合っている。すぐにどこか別の屋台に向かって走っていく後ろ姿に、声をかけることもできない。
「どうかしたの?」
夫が足を止めている沙織に気づいて振り返る。
「……今、海斗が紘くんにお金を渡してたの」
声を落とし、なるべく感情を抑えて言ったつもりだった。
「そうなの? お釣りか何か渡してただけじゃない? 割り勘でもしたんでしょ」
夫は、さして気にした様子もなく、軽く返した。確かにそういう可能性もあるだろう。でも、どこか引っかかる。
「……うん、そうかもね」
沙織は曖昧に頷いて、それ以上は言わなかった。
言えなかった、というほうが近いかもしれない。
夏祭りの賑わいは続いていた。太鼓の音が遠くから聞こえ、提灯が赤く灯るなか、屋台の煙がふわりと立ちのぼっていく。金魚すくいやヨーヨー釣りの列、わたあめを持って歩く子どもたちの姿。そのすべてが、夏の一瞬を凝縮したようなきらめきを帯びている。
そんな中で、沙織はひとりだけ違う世界に立っているような気がした。