問い詰めると…友達が「困っていたから」と語る息子
夜の空気は、昼間の熱気をようやく手放したばかりのように、まだほんのりと温かかった。神社の境内から続く坂道を、沙織たち家族3人は並んで歩いていた。海斗はヨーヨー釣りでもらった風船を機嫌よくぶら下げている。沙織は、その背中を少し後ろから見つめていた。
「ねぇ、海斗」
沙織はふと、歩幅を合わせるようにして声をかけた。
「うん?」
「さっき、紘くんにお金、渡してたよね?」
すると、海斗はあっさりと答えた。
「うん。紘くん、ジュース買いたいけどお金なくて困ってたから。貸してあげたよ」
一瞬、返す言葉を失った。屈託がなく、いいことをしたと信じて疑わない表情。きっと彼の中では、当たり前の優しさなのだ。
「お金を貸したのって、今日が初めて?」
「うーん、前にも何回かあったかな。……紘くん、いつも『お小遣いないんだ』って言ってて、他の子からも借りてるみたい。僕のも、まだ返ってきてないけど……別にいいよ。僕は困ってないから」
別にいいよ——。
その一言が、胸にざらつきを残した。優しいのは良いことだ。けれど、言われるがままお金を貸すことが健全な友達関係だとは思えなかった。
「ねぇ、海斗。お母さん、ちょっとだけ話してもいい?」
沙織は歩みを緩めながら、海斗の肩にそっと手を置いた。夫は気を利かせたのか、少し先を歩いてくれた。
「お友達を助けたいっていう気持ちは、とても素敵なことだよ。でもね、お金ってとても大事なものなんだよ。簡単に誰かにあげたり貸したりしちゃいけないの」
「でも、紘くん、困ってたんだよ?」
「だからこそ、よく考えて行動しないといけない」
沙織はできるだけ穏やかに、海斗の目を見ながら言った。
「お母さんはね、お友達同士でお金を貸したり借りたりするのは良くないと思ってる。借りた方は、相手にお金を返すまで『早く返さなきゃ』って焦る気持ちが続く。反対に貸した方は、『本当に返してくれるのかな』って不安な気持ちになっちゃうでしょ?」
「……そうだね」
海斗は、ふうっと小さくため息をついた。
「他のお金を貸した子たち……紘くんの文句言ってた。なんでだろうって思ってたけど、紘くんがお金を返してくれなくて怒ってたのかも」
その言葉に、沙織は少しだけ胸を撫でおろした。ちゃんと自分の中に引っかかりを持てる子なのだ。まだ7歳でも、その感性は確かに芽生えている。
「そうだね。紘くんはほかのお友達とトラブルになってたのかもしれないね。お母さんは、海斗がお金のことでお友達と喧嘩になるのは嫌だよ」
「うん、わかった」
海斗は素直にこくんと頷いた。月明かりが、彼の表情を優しく照らしていた。
●この後、沙織さんは意を決して紘くんの母親にお金の貸し借りについて確認します。その結果は…。後編『「カツアゲしてるって言いたいんですか!?」息子の借金を信じず、逆ギレする母親…「子どもの金銭トラブル」のまさかの顛末』で詳報します。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。