夫婦の“唯一の生きがい”になった息子の存在
生姜の香りがフライパンから立つ。豚肉が黄金色に焼けている。清香は既に千切りキャベツが載せられている皿に生姜焼きを盛り付ける。息子の啓太は生姜焼きが好物なので清香や夫よりも余分に豚肉をよそっておいた。
生姜焼きに加え、ご飯と味噌汁をテーブルに並べ終えた清香は自室にいる啓太を呼びにいく。
「ああ、分かった」
扉越しにいつも通り不愛想な返事が聞こえて清香はリビングに戻る。まもなく啓太が部屋から出てきてテーブルにつき、2人は食事を始める。仕事から帰ってきて、清香がようやく息をついた瞬間だった。
夫の孝輔とは共働きだ。残業が少ない清香と違い、中堅の医療機器メーカーで営業の仕事をしている孝輔は残業も多く、接待や付き合いなどで夕食時に家を空けることも少なくない。とはいえ、家族の仲も悪くなければ、裕福でもないし貧しくもない、どこにでもあるような平凡な家庭だった。
そんな清香たちにとって、息子の啓太は生きがいも同然だった。