<前編のあらすじ>

71歳の愛子は偶然、大学の映画制作チームのチラシを目にする。若い頃、「女には無理」と言われ諦めた映画制作の夢がよみがえり、シニア入試の資料を取り寄せ、ビデオカメラまで購入して準備を進めた。

ある日、リビングに置きっぱなしにしていた大学のパンフレットが娘・静香に見つかり、愛子は大学進学を考えていることを打ち明ける。

学費や健康面への不安から強く反対する静香。対して、残りの人生を自分のために使いたいと願っている愛子。母娘の間には深い溝が横たわったままだった。

●前編【「女には無理だから」と言われ夢を諦めた過去…70代女性が夫の介護を終え、50年越しに抱いた“決意”

静香が抱く現実的な不安

その夜、家の中の音がひとつずつ消えていった。

孫たちは布団に入り、婿も客間で横になった。リビングに残っているのは、片づけの済んだ食卓と、冷めかけた緑茶、愛子と静香だけだ。

「お母さん」

湯呑みを両手で包んだまま、静香が言った。

「さっきの……大学の話なんだけど」

愛子はテーブルの端のパンフレットに目を落とす。「シニア入試」の文字がスタンドライトに浮かんでいた。

「まだ、その話?」

軽く言ったつもりが、少し乾いた声になった。

「まだって……。ちゃんと聞きたいの。本当に行くつもりなの?」

「ええ。もちろん受かれば、ね」

答えた瞬間、静香はパンフレットを開き、学費の欄で指を止める。

「これ、1年でこんなにかかるんだよ。分かってる? お母さん、年金でしょ。暮らしていくお金もいるし、病院代だってかかるし」

徐々に静香の声が早口になる。

「こっちは仕事もあって、子どももいて、毎日いっぱいいっぱいなの。そこに“大学通うお母さん”まで入ってきたら、正直手に負えないって」

「年金だけじゃないのよ」

愛子は静かに言う。

「お父さんの残したお金もあるし、少しは貯金もしてきたわ。計算したの。大学に通っても、当面の生活には困らないって。だから静香たちには迷惑かけないわよ」

「……お金の話だけじゃないの」

静香はパンフレットを閉じた。

「何かあったら、こっちに連絡が来るでしょ。倒れたら病院連れてくのも、手続きするのも、きっと私。“迷惑かけない”って、そんなに簡単に言わないで」

責めるというより、不安を押し出すような声だった。