母娘の本音のぶつかり合い

「静香」

愛子は娘の名を呼ぶ。

「お父さんの介護のとき、あなたがどれだけ助けてくれたか、私は覚えてるわ。仕事の合間に来てくれて、夜遅くまで付き合ってくれて」

夫の寝息や点滴の管、消毒薬の匂いが、一瞬だけよみがえる。

「お父さんを見送ったときね、ああ、この人のことは最後までやりきったなって思ったの。“家族の役目”は、ひと区切りついたのかもしれないって」

静香は黙ったまま湯呑みを見つめている。

「だから、残りの時間を少しだけ自分のために使いたいの。若いころに諦めた世界を、もう一度ちゃんと見てみたい。自分の手で、映画を撮ってみたいのよ」

「お母さん……」

「できない理由は、もう十分聞いてきたの」

愛子は続ける。

「女だから、体力がないから、家庭に入るんだからって。それを信じて諦めたのよ。それでお父さんと結婚して、あなたを産んで……たしかに幸せだったわ」

そこで言葉を切り、まっすぐ娘を見る。

「でも、ここでまた、自分で“年だから”“大変だから”って言って諦めたら、たぶん私は、自分の人生に満足できなくなる」

しばらく沈黙が落ちた。

「……ずるい言い方だよ、それ」

静香がかすれた声で言う。

「お母さんに満足して生きてほしいのは、こっちだって同じなのに。でも、それじゃあ私の不安はどこに置けばいいの」

愛子はすぐには答えられなかった。

「……不安にさせて、ごめんね」

ようやく出たのは、それだけだった。

「でも、それでも行きたいの?」

静香の目が真正面からぶつかってくる。愛子は目をそらさない。

「ええ、それでも行きたいのよ」

今度の声は、驚くほど静かでまっすぐだった。