静香への報告
ポストの口に白い封筒が挟まっているのが見えたとき、心臓が小さく跳ねた。
洗濯かごを抱えたまま外に出て、差出人の欄を見る。例の私立大学の名前だ。封筒は思っていたよりも薄い。
「こんなに薄くて、落ちてたらどうしましょうねえ」
誰もいない路地でつぶやき、自分で苦笑した。仏間の前を通ってリビングに入り、封筒をテーブルの映画ノートの横に置く。しばらく眺めてから、指先に力を込めて封を切った。
中身の紙に目を走らせ――「合格」の二文字で視線が止まる。
息が詰まり、文字が波打って読めない。ようやく息を吐いたとき、喉の奥から、ひゅっと情けない音が漏れた。
「……やだわ、お父さん。本当に、受かっちゃったみたいよ」
仏間のほうに向かって話しかける。返事はないが、肩の力が少し抜けた。落ち着いてからスマートフォンを手に取り、娘の番号を押す。コールが数秒鳴って、慌ただしい声が出た。
「もしもし? お母さん?」
「ごめんね、忙しい時間に。ちょっと、報告があってね」
「報告?」
一拍おいて、愛子は言う。
「受かったの、大学」
電話の向こうが静かになり、深く息を吸う気配がした。
「……そうなんだ」
驚きとあきらめと、ほんの少しの安堵が混じった声だった。
「これ、“おめでとう”って言えばいいのかな」
「言ってもらえると、うれしいわね」
そう返すと、小さく笑う気配がする。
「おめでとう、お母さん。でも、健康診断ちゃんと行って。何かあったらすぐ連絡して。絶対無理はしないでね」
「はいはい」
条件を並べる声が、不安の裏返しだと分かる。
「心配かけて、ごめんね」
「うん。心配は心配だけど……お母さんが本気なのも、分かったから」
少し間をおいて、静香がたずねる。
「入学式、1人で大丈夫? 私、仕事休めないけど」
「やだ、大丈夫よ。子どもじゃないもの」
そう言いながら、胸の奥がじんと温かくなるのを感じた。
新しい人生のスタート
春になった。駅前の桜は、まだ満開には少し早い。
愛子は、いつもより少しきちんとしたコートを選んだ。新しい紺色のトートバッグには、資料と無地のノート、ペンケース、そして映画ノートを底に忍ばせる。バスを降りると、先に大学の門が見えてきた。正門前では、新入生らしい若者たちが写真を撮り合っている。
「場違い、なんて言わせないわよ」
小さくつぶやき、門をくぐると、風が枝を揺らす。若い葉が光を透かして、スクリーンの光のようにきらりと瞬いた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
