線香の煙が薄く漂い、鉢で小さく鳴らしたりんの音色が六畳の和室を満たしていく。みわは肉がそげ、皺(しわ)だらけになった手を静かに合わせる。重ねた親指に、うなだれるように額を押し付ける。煙の向こうで笑っているだけの夫の顔を、見ることはできなかった。

夫に先立たれ、独居老人になってしまった

薄く引き伸ばされたりんの音色が冷たい空気に溶けて消え、燃え尽きた線香が3分の1くらいのところでぽきりと折れたころ、みわはようやく顔を上げた。

振り返れば誰もいない部屋が広がっている。

2年前に夫を病気で亡くしてから、隙間だらけの部屋が寒々しかった。東京に住んでいる2人の子供たちが孫を連れて帰ってくるのは正月と盆のどちらかだけだから、みわは1年のほとんどをこの家でたったひとり過ごしていた。

重い腰を上げて立ち上がる。からだを支える2本の足は思うように動かない。年のせいだろう。膝を痛めてからサポーターが欠かせなくなり、たとえサポーターをしていても不安の残る身体で出掛けることは、病院に行く以外にめったになくなった。

みわは煎茶を入れて、庭につながる窓を開けて腰を下ろす。2年前までは毎日手入れを欠かさなかった庭は野放図に茂った雑草で埋め尽くされている。老眼で目は見えづらくとも、あたりを飛び回るハエの羽音はまだはっきりしている耳に聞こえていた。

かさついた唇を熱いお茶で湿らせる。夏が終わって細く頼りなくなった太陽の光が、東の空から静かに降り注いでいる。

吐き出した小さな息は、空気に溶けることなくずっとあたりを漂っていた。