庭から怪しい物音が…

ところが次の日、みわが窓を開けたとき黒猫の姿はなかった。

それでもみわは独り、窓際へと腰を下ろす。湯飲みの代わりに手のなかにある缶詰は冷たかった。顔に当たる弱い日差しにだけ、かすかにぬくもりが感じられた。みわは寂しさを紛らわすように笑みを吐き出す。

最近はずっと黒猫をかまっていたせいだろう。黒猫と出会う前よりも、ずっと時間の流れが遅く粘っこく感じられる。そして久しぶりにただ漫然と過ごす停滞した時間の流れは、みわの意識をいつの間にかまどろみのなかに引きずり込んでいく。

気がつけば太陽はすでに西に傾き始めていた。まだ夜が顔を出すには少し早い時間だったけれど、ずいぶんと長いあいだ昼寝をしてしまっていたらしい。

缶詰は眠っているあいだに手から離れて地面を転がっていた。みわは立ち上がってそれを拾う。膝を悪くしていると、地面に落ちたものを拾うのですら一苦労だった。

そのときだった。

うっそうと茂る庭の奥のほうで草をかき分ける音がした。

「……猫ちゃんかい?」

みわは手入れ不足で暗くなっている庭の奥へと呼びかけた。返事はなかった。続けて動く気配もなかった。泥棒だろうか。みわは昔、庭になっているビワを盗まれたことを思い出した。ビワの木はもう枯れてしまったけれど、一度そう思ってしまうとその考えは頭から離れなくなった。

みわは缶詰を握り締めた。凝視した庭の奥はぼやけていて暗い。

がさがさと、もう一度大きな音が鳴った。

●怪しい物音の正体は、一人暮らしの高齢者を狙う強盗なのか……? 後編一人暮らしの高齢者宅から物音が…孤独な老婦人を救った“侵入者”の正体】にて、詳細をお届けします。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。