<前編のあらすじ>

白坂みわ(74歳)は、2年前に夫を病気で亡くしてから、庭付き戸建ての家で一人暮らしをする「独居老人」となった。東京に住む2人の子供たちが孫を連れて帰ってくるのは正月と盆のどちらかだけで、みわは1年のほとんどをたったひとりの家で過ごしていた。

ある日、野良猫が庭に迷い込み、みわは餌を与えるようになる。猫をかまうことにより生活に“ハリ”が戻ったような気がしていたが、猫が来なくなった日に、庭から不審者とおぼしき物音が……。

●前編:夫に病気で先立たれ独居老人に…70代女性の生活に変化をもたらした“来訪者”とは

 

怪しい物音の正体は…

みわは窓に立てかけてあったほうきを握り締め、音のするほうへとにじり寄る。

近づくと、こそこそと話す声が草の陰から聞こえてきた。みわは首をかしげた。

ほうきで草を避けてみる。するとそこには交通安全の黄色いビニールのついたランドセルを背負った男の子が2人、息を潜めてしゃがみ込んでいた。

「ご、ごめんなさい!」

顔を真っ青にした男の子の1人がみわに謝った。もう1人は同じように顔を真っ青にしたまま固まっていた。

「猫が、入ってくのが見えて、それで、えっと……」

必死に説明する男の子に、みわは思わず気が抜ける。

「……なんだい、あんたたちも猫ちゃんと遊びたかったんだね」

緊張がほぐれたことで吐き出した深いため息に重なるように、みゃあお、と聞き慣れた声が背後で鳴いた。

振り返れば、黒猫がいつもと同じ場所で大あくびをしていた。

「猫ちゃんのご飯があるんだ。そんなところにしゃがみ込んでないで、あなたたちもこっちへおいで」

小学生たちは顔を見合わせ、それからみわを見上げて笑った。

久しぶりの客人

目の前に缶詰を置くと、黒猫が食事を始める。

「なでるときそっとね」

みわは小学生たちに手本を見せるように背中をなでる。小学生たちはその様子を固唾(かたず)を飲むように見守っている。缶詰から顔を上げた黒猫は目を細めて喉を鳴らした。

「おれもやりたい!」

「おれもおれも!」

2人はみわをまねるように優しく黒猫の背中をなでる。あっという間に缶詰を空にした黒猫は気持ちよさそうにその場に寝転がる。

「裏返った!」

「おなかを見せるのはね、気を許してる証拠なのよ。そうだ、2人ともここでちょっと待っててね」

みわは彼らにそう言って、一度家のなかへと戻った。しかし何かお菓子でも出そうと思ってあけた戸棚は空っぽだった。みわは今度、今の子供が好きそうなチョコレートやクッキーを買ってこようと決めて、代わりに冷蔵庫で冷えていた麦茶を入れて外へと戻った。

「はい、どうぞ。こんなものしかなくてごめんね」

「おばあちゃん、ありがとう」

「ありがとう」

2人は麦茶を受け取ると、一気に中身を飲み干していく。向けられる笑顔はいつも窓から差し込んでいる日差しよりもはるかにまぶしく、温かい。

「おれ、タクヤで、こっちはユウスケ。この猫、おばあちゃん家の猫なの?」

「いいえ。でもよく遊びに来てくれてね、ここでこうやって日なたぼっこしてるのよ」

「いいなぁ」

「おれたちもまた来ていい?」

「もちろん。いつでも遊びにおいで。でもね、次からは玄関の呼び鈴をならすこと」

黒猫が、にゃぁお、と鳴いた。