動き出した時間
4人は近くの小学校に通う友達同士で、タクヤとユウスケは同じ少年野球チームに所属していて、休み時間はいつもたくさんの友達とドッジボールをしている。眼鏡をかけたカナは動物が大好きで家でも犬を飼っている。さらさらの髪を伸ばしているマリコは算数の授業が苦手だけど、本を読むのは大好きで、毎週木曜日の朝読書を楽しみにしている。
小学生たちはみわが出したお菓子を食べながら、いろいろな話をしてくれた。みわはその1つ1つを大切に聞き、うなづいたり笑ったりした。
「おばあちゃん、トイレしたい」
「ねえ、おばあちゃん、これおばあちゃんの昔の写真?」
「このお菓子、すっげえうまい。生まれて初めて食べた!」
子供たちは慌ただしい。これまで動くことのなかった家のなかの空気が、小さな4人の声と笑顔でかき混ぜられていく。
みわはふと、夫の写真が飾ってある仏壇に目をやった。
あの人も天国で喜んでくれているだろうか。もしかしたら、自分抜きで楽しんでいるみわのことをうらやんでいるかもしれない。そんなことを考えられるくらい、今のみわには充実感があった。
「あ、猫だ!」
タクヤの声に反応して窓の外を見ると、黒猫が歩いていた。主役の登場だ。
「どうやら遊びに来たみたいだね」
みわは戸棚から缶詰を用意する。それを受け取ったユウスケたちは窓を開け、黒猫を出迎える。
「慌てちゃだめだよ。猫ちゃんもびっくりしちゃうよ」
みわは4人の後を追う。
みゃぁお。
黒猫が鳴く。その鳴き声はいつもより少し上ずっているように聞こえた。いきなり増えた人間に驚いているのか、それとも歓迎されていることがうれしいのだろうか。
「……ありがとうねぇ」
みわはつぶやいた。黒猫は返事をしないし、猫に夢中な小学生たちもみわの声には気づかない。
空を見上げる。黄金色の日差しは穏やかで、そして何より暖かい。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。