大教室の長机のすみに腰を下ろした寿子は、前から教室を振り返る。寿子からすれば息子や娘――いいや、孫のほうが近いくらいの若い男女が、席に座り、話したり、テキストを広げたりしているのが見える。

「女は大学なんて通わなくていい」と親族総出で言われて育った寿子だったが、時代が変われば変わるものだなと、ひとり心のなかで納得する。同時にいい時代になったものだとも思う。

今年で72歳になる寿子が大学に通いたいと思い立ったのは、69歳のときのことだ。3人の息子たちの子育ても、1歳年上の夫が定年退職後の再雇用も無事に終わりを迎え、仕事から完全に距離を置くことになったことと無関係ではない。仕事をする主人を支えるという生活が終わったことで、かねてより考えていた大学進学の相談を持ち掛けた。

当然、夫は最初反対していた。70歳手前で学生に混ざることがどれだけ大変か、勉強することがどれだけ無謀かを、寿子に語り聞かせた。だが寿子は粘り強かった。
「大変なのは分かってます。でも、それも含めてやってみたいんですよ」
その根気に呆れたのか、夫は大学進学を許してくれた。こうして寿子は還暦過ぎの大学生になったのだ。