夫は気に食わない様子で

「今日はこんなことがあったんですよ」

と、大学の講義で学んだことや香菜や翠から見聞きしたことを夫に話すのが、寿子の夕食時の習慣になっていた。たいてい夫は興味なさそうに「そうか」と相槌を打ったり、「そんなものの何が楽しいんだ」と気難しい顔をしたりしている。けれど寿子にとっては一日の出来事を整理しておく有意義な時間でもあった。

「時代なのかしらねぇ。みんな、すごく自由に生きていて面白いわ」

「自由? 無責任なだけだろう。全く、最近の若い連中は」

夫は吐き捨てるように言った。

「お前もお前だ。くだらん連中に感化されるなんて情けない。勉強したいっていうから、大学に通わせてやってるっていうのにみっともない真似はするんじゃない」

夫はそう言って、茶碗に残っていた米をかき込み、立ち上がった。食器を机に残したまま、リビングから出て行った。

思えばずっとこうだった。夫は寿子が何をやるにしても必ず否定から入る。くだらない、みっともない、情けない――この3つは夫が寿子を否定するときの決まり文句だった。

『それ、絶対おかしいですよ』

『うちらの世代じゃ考えらんないよね』

香菜と翠が真剣な表情で口にしていた言葉がよみがえる。寿子は汚れたまま机の上に取り残された食器たちをじっと眺めていた。

●二人の友人の言葉が寿子の心にずっと残っていた。そんな折、友人の一人が別れた彼氏について話していたとき飛び交った「モラハラ」という言葉に寿子はさらに心を動かされてしまう。夫はもしかして……。そして寿子が下した決断とは。後編:【「私はあなたの奴隷じゃないんです!」ついにモラハラ夫に立ち向かった、70代大学生の心の叫び】にて詳細をお届けする。

※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。