明け方から、細かい雨が途切れることなく降り続いている。キッチンの換気扇が低くうなる音を聞きながら、玲菜は水滴のついた窓ガラスを眺めていた。重苦しい梅雨の空気が、全身をすっぽりと包み込み、じわじわと自由を奪っていくようだ。

「時間だ。行ってくる」

夫の孝雄の声に、玲菜は慌てて背筋を伸ばした。

「いってらっしゃい。出張、気をつけてね」

腕時計にちらっと目をやってから、孝雄は短く「ああ」とだけ応じた。玲菜はいつも通り玄関の外に出て孝雄を見送り、彼の背が雨の中へと消えていくのをじっと見つめた。

仕事熱心で、几帳面。どこまでも誠実で、正しい人。会社の先輩後輩として出会ってから17年が経った今でも、その印象は変わらない。玲菜はそんな孝雄を、心から尊敬していた。だが時々、彼の完璧さが怖くなることがある。彼の厳しさは、自分自身だけでなく、家族にも向けられていたから。