めったに弱音を吐かない息子が

「あ、もうこんな時間……」

はっと我に返った玲菜は家のなかに戻り、階段を駆け上がり、軽くノックをしてからドアを開ける。声をかけると、気だるげな小さい声が返ってきた。

「ちょっと雄星、そろそろ起きないと遅刻するわよ」

「……母さん」

「なんだ、起きてたの」

てっきりまだ夢の中だと思っていた息子の雄星は、意外にもすでに目を覚ましているものの、ベッドのなかでブランケットにくるまっていた。

「……起きてるならさっさと着替えて学校の準備しないと」

「うん、そうなんだけど……ちょっと、頭が痛くて……学校、今日は休んじゃダメかな」

「えっ……うーん、熱はないみたいだけど……梅雨の偏頭痛でしょ? 天気もよくないし」

玲菜は熱くも冷たくもない息子の額に手をあてながら考えた。

高校1年生の雄星は普段、めったに弱音を吐かない。小学校のころからサッカー一筋で、たとえ熱があっても練習に行きたがるような子だ。仮病だではないだろう。体調が悪いのならば無理はさせずに――と思った玲菜だったが、脳裏に孝雄の顔が浮かんだ。

――お前がしっかりしていないから、雄星が甘えるんだ。

過去に何度も聞いた言葉が、玲菜の胸中を支配した。孝雄はきっと、たかが頭痛で息子が学校を休むことを良しとしないだろう。そう思うと、玲菜には雄星を休ませるわけにはなかった。

「起き上がれないような頭痛でもないんでしょ。なら、頑張って行ってらっしゃい。偏頭痛くらいで休んでたら、お父さんに怒られるよ」

努めて穏やかに諭すと、雄星はしばらく思案するように黙ったあと、やがてのろのろと立ち上がった。

その後、念のため検温もしたが、雄星は平熱。頭痛以外の症状もないらしい。気圧の影響による不調で間違いないだろう。痛み止めを飲ませて送り出せば、何も問題はないはずだ。

「いってらっしゃい。気をつけてね」

「……いってきます」

傘を差して玄関を出ていく雄星の後ろ姿を見送ったあとも、玲菜は彼が消えた方向をじっと見つめていた。雨粒が屋根を打つ音が、妙に冷たく耳に響いた。