<前編のあらすじ>
72歳になる寿子は、大学生である。69歳のとき3人の息子を育てあげ、夫も再雇用を終え仕事から完全に離れたことをきっかけに入学を決意した。
黒板が読みづらい、講義の登録に手間取るなど年齢からくる苦労もあるが、友人にも恵まれ、寿子は学生生活を満喫している。
だが、当初は寿子の大学進学に反対していた夫は学生生活を謳歌する寿子のことはあまり快く思っていないようだった。
孫といっても良いくらいの年齢の同級生と交わしたい言葉を食卓で話しても「くだらん」と一蹴してしまう。そんな寿子の胸に去来したのが、「自分がいないと夫は一人で暮らせない」と友人二人に告げたとき、返ってきた言葉だった。
「それ絶対おかしいですよ」
前編:うちらの世代じゃ考えらんない」学びなおしで大学に入学した70代女性が同級生に夫の愚痴を話すと返ってきた予想外の言葉
女性選挙権について学び感じたこと
「世界で初めて女性の参政権が実現したのは、1869年、アメリカのワイオミング州でのことでした。ただしこのときは選挙権のみ。女性の被選挙権が実現したのちょうど四半世紀、1894年のオーストラリアの南オーストラリア州まで待たなければなりませんでした。日本で女性の参政権が認められたのは戦後になってからですから、海外に比べて日本のフェミニズムはまだまだ未熟だと言えます。実際、女性管理職や国会における女性議員の割合を他国と比べてみると――」
社会学概論という講義だった。各回、テーマごとに進む講義だったが、今回はフェミニズムがテーマになっていた。
今教室に座っている10代の学生たちと比べれば寿子ははるかに年寄りだったが、それでも寿子が生まれた1953年にはすでに女性の選挙権はあった。寿子が選挙権を得る20歳になるころにはもうそんなものは当たり前で、寿子も権利ではなく義務なのだと思い、選挙に足を運んだものだ。
だが、政治に参加することを権利だと捉え、戦った女性たちがいた。寿子たちの当たり前を当たり前にするために、声をあげた人たちがいた。
なんてすごいことだろうか。寿子はそう感嘆すると同時に、これまでそんなこともよく知らずに生きてきた自分のことが急に恥ずかしく思えた。
「今日の講義、すごかったわ……」
思わず寿子がそうつぶやいたのは、香菜たちと一緒に学食へと向かっているときだった。
「そう? うち難しくて途中寝ちゃった」
「香菜は難しくなくてもよく寝てるじゃん」
「あ、でも、先生が言ってた日本はまだまだ未熟っていうのはけっこう分かったかも」
「だって、香菜の元カレ、モラハラじゃん」
「モラハラ?」
耳慣れないカタカナに寿子が首をかしげると、翠が丁寧に教えてくれた。