困らないよ

「別れたらいいじゃん」

と言ったのは、孫を連れて遊びに来ていた次男の丈幸だった。あまりにあっけなく言うので、寿子は呆気にとられてしまった。

「最近多いらしいよ、そういう熟年離婚ってやつ。別に俺たちも独立してるんだし、母さんが好きなようにしたらいいんじゃない?」

夫はちょうど町内会の付き合いで出かけていていなかったが、寿子はきょろきょろとあたりを見回し、この会話が夫に聞かれているんじゃないかと不安になった。

「……ほらでも、あなたたちが帰省するときに困るじゃない」

「困らないよ。それぞれ別々に行けばいいだけの話だろ」

「でもねぇ……ほら、学費とかもあるじゃない」

「あー、それは確かにそうか。でももし母さんが本気で父さんと別れるっていうなら、学費は俺たち兄弟でなんとかするよ。あと2年くらいでしょ? 梨沙子がいいよって言ったら、ていうかたぶん言うと思うけど、うちで一緒に暮らして通ったらいいんじゃない?」

でも……と言いかけて、寿子は言葉を呑み込んだ。いつの間にかやらないでおく理由ばかりを考えていた。

だが急に現実味を帯び始めた「離婚」という単語に心が追いついていないことも事実だった。

「ちょっと考えさせてちょうだい。頭がこんがらがっちゃいそうよ」