夫はもしかして……

モラハラというのはモラルハラスメントの略で、道徳や倫理に反したいやがらせのことだそうだ。中でも夫婦や恋人などの関係でよく起きることらしく、どちらかがどちらかを一方的にやり込め、支配するような言動もあるらしかった。

「香菜の元カレ、典型的なモラハラで、ひどかったんですよ。お前は馬鹿だから何もできないって決めつけて、香菜がやることどれもくだらないって」

「それなのに別れたいって言ったら、殴られそうだったから意味分かんないよね。だからコップ投げつけて逃げてやったんですよ」

「……大変ね」

寿子は驚きのあまり月並みなことしか言えなかった。

それはきっと香菜の身に起きたことが壮絶だったからというだけではない。そういう男性の振る舞いが、寿子自身に覚えがあったからだ。

あれに、――というより、結婚してから今まで事あるごとに夫が寿子にかけてきた言葉や態度に、寿子は怒ってもよかったのだろうか。コップを投げつけ、反旗を翻してもよかったのだろうか。

きっと、最初に女性にも参政権をと立ち上がった彼女たちも、同じだったに違いない。迷い、考え、自分たちが女であるというだけで我慢しなければならない正当な理由がないという答えに行き着いたに違いない。

もちろん彼女たちに比べれば、寿子が抱えていることなんて大したことはないのかもしれない。それでも、ノーを突きつける勇気は、自分にも必要なのかもしれない、と思った。