親子でも理解が及ばない英子
「私にはよくわかんないな。他人にそこまで夢中になれるなんて」
「そりゃあママは冷めてるからでしょ。興味ないんだよ、他人に」
率直な一言に、胸がチクリとした。
確かに英子は昔から人に深入りしない性格だ。離婚したときも大して感情を表に出すことはなく、ただ淡々と日常を続けてきた。來未はそういう英子の姿を見て育った。ここまで“推し活”に熱をあげるのは、そういう反動もあるのかもしれない。
「私にはこれが必要なの。推しがいるからバイトも頑張れるし、大学もなんとか行けるんだよ」
そう言って笑う來未の顔を見て、英子は言葉をのみこんだ。
テーブルの上の痛バッグをどけようと手を伸ばすと、來未が慌ててそれを制した。
「あ、ちょっと待って、それまだ固定してないから!」
「え? これ完成じゃないの?」
「ううん、バランス見るために借り置きしてただけ」
そう言ってそっとバッグを手に取り、大事そうに自室へ移動させる。
英子にはただのトートバッグや缶バッジでしかないが、來未の瞳には宝物のように映っているのだろう。
「ママもさ、なにか趣味持ったら?」
部屋から戻った來未が唐突に言った。
「趣味なんて……仕事と家の往復で精一杯よ」
「だからこそだって。推し活は浪費じゃなくて自己投資なんだから」
「自己投資、ねえ……」
皮肉のように聞こえたかもしれないが、來未は気にせずスマホを操作している。
親子といえども、同じ景色を見ているわけではない。
英子は疲れた体をソファに沈め、娘の横顔を盗み見た。ラベンダー色の髪が朝の光を反射してきらめいている。
その姿は、英子には到底追いつけない眩しさを帯びていた。