平行線の2人はついに口論に…
一馬は気を取り直してもう一度、美和子に引っ越しの話題を切り出した。
「美和子、引っ越しの件なんだけどさ、やっぱり郊外が良いっていうのは変わらない?」
「ええそうね。それと一戸建て。やっぱりそれが1番かなって思う。マンションってお隣さんとの距離も近いし。家にずっといる私からすると、気が休まらないと思うのよ」
「そ、そうか。でもな、一戸建てでもトラブルはあるんだぜ?」
「それはそうだろうけど……」
「覚えてない? おじいちゃんが亡くなって、遺産相続で古い家を父さんが相続したときのこと」
美和子だって当然覚えている。しかしためらいがちにうなずく意味は一馬にもよく分かる。
「そうなんだよ。家がもう古かったから、売るためにはさら地にしないといけなかったんだけど、そのお金が結構かかってさ。俺と父さんの2人で金を出しあって何とかさら地にしたんだよ」
「でも土地は売れたんでしょ?」
「売れたけど、二束三文だよ。家を処分したときのお金には全く及ばなかった。それにさ、手続きとかも大変だったし。一軒家は先々のことを考えたら、やっぱり大変なんだよ」
一馬は自身の経験を訴えた。
「そうかもしれないけど、でも……」
美和子の反応に一馬はため息を吐く。
「な? だからさ、もうちょっと都心の便利なところにマンションを借りた方がいいんだって。いろいろと買い物をするにも出掛けるにもそっちのほうが便利だしさ。通勤時間だって短縮されるんだよ。家で一緒にいられる時間が増えるんだぞ」
一馬は美和子を見つめる。
「2人で話してただろ、子供がほしいって。やっぱりそのためには夫婦の時間を持つべきだと俺は、思うんだ」
美和子は口元に手を当てて考え込んでいる。
「子供、そうよね……」
「時間があったら、一緒に内観に行こう。最近のマンションはご近所トラブルにも対応してくれるようになってるからさ。きっと話を聞いたら、安心すると思うよ」
俺がそう言うと、美和子は首を横に振る。
「ごめん、それでもやっぱり、私はマンションはいやだな」
「え……」
「賃貸で数年くらいなら、そういうところで生活するのもいいと思う。でも家ってさ、この先、ずっと生活をするところでしょ? だったら私は妥協できない。私は郊外のところに一戸建てがいいと思う。家もさ、誰も住めなくなるまでボロボロになる前だったら売れるわけでしょ? だったら、それで問題はないと思う。相続の件は一馬のおじいちゃんが放置していたのが悪いわけで……」
「何だよ、じいちゃんのこと、悪く言うなよ……!」
一馬は怒りの口調になる。もちろん、祖父のことを守るわけではない。
意固地になっている美和子に対して怒っているのだ。きっかけは何でも良かった。
「ごめん、でも、私ね、こど……」
「俺は、マンションに住みたいって言ってるんだ! どうして分からないんだよ⁉」
「そ、それは分かるけど」
「じゃあ俺の仕事はどうなるんだ⁉ いまでも1時間半をかけて通勤しているんだぞ⁉ お前の言うところに引っ越したら、さらに早起きしないといけないし、家に帰るのも遅くなる! それで良いのか⁉」
それを聞き、美和子の顔が険しくなる。
「いいとは思わないけど、でも、私の気持ちは……!」
「金を出すのは俺なんだよ! だったら、俺の住みたい家に住まわせてくれよ!」
口に出して、一馬ははっとした。一馬の言葉を聞いた美和子は冷たい目線を向けていた。
「だったら、相談なんてしないで、好きにしたら良いじゃない」
それだけ言い残して、美和子は寝室に行ってしまった。
閉められた扉を見て、一馬は深いため息をつく。
●決裂してしまった夫婦。美和子には一戸建てにこだわる理由があった。2人の引っ越しはどうなるのか…? 後編【家の購入を巡って夫婦の危機に…妻の義実家で発覚した夫に「言えなかった」過去】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。