住まいについての価値観は違っていた
一馬は美和子との晩酌のとき、その話をする。
「なあ、いい加減に俺たちも引っ越しをしたほうがいいと思うんだ。どうかな?」
「うん、そうね。この先のことを考えるとね……」
美和子の同意を得られて一馬はうれしくなる。
「実はさ、俺、ずっと不動産のサイトを見ててさ、めぼしいところを幾つかピックアップしてるんだ。ちょっと見てもらってもいい?」
一馬は携帯電話を美和子に渡し、美和子はそれを確認する。
「ど、どう?」
「うん……ここよりもよさげな家だね」
しかし言葉とは裏腹に、美和子の声はなぜか暗い。
「そうだろ。中古のマンションなんだけどさ、設備はしっかりしているし」
「でも、場所がちょっと……」
「あ、そうなんだ。どこがいいの? 言ってみて」
気楽に尋ねたつもりが、美和子が提案した地名を聞いて一馬は言葉を失った。
今の家からさらに都心を離れた場所だったのだ。
「……ど、どうして?」
「都心よりも、もっと空気がきれいなところで生活をするのがいいと思うの。それにね、私は一戸建てに住みたいなって思うんだけど……」
「……一戸建てか」
一馬は残念そうにぽつりとつぶやいた。
「私が子供の頃に過ごしていた家がそんな感じなの。伸び伸び暮らせそうだし、もし子供が生まれたりとか、将来的には介護のこととかも考えると二世帯にできたりするほうがいいのかなって」
美和子の思いを知り、一馬はがくぜんとする。
しかし顔には出さず、振り絞った言葉で、ゆっくり話し合おうと、決断の先延ばしを提案した。
その日の夜、ベッドで一馬は天井を見上げていた。
隣で美和子は寝息を立てている。しかし一馬はどうしても寝ることができなかった。
美和子と付き合っているとき、そして結婚してからも、価値観が違うと思ったことはあまりない。しかし新しい家に関しては、正反対の考えをしていた。
一馬はもう一度、美和子をちらりと見る。
気持ちよく寝ている美和子に対して初めて不満を覚えた。
どうすればいいのか分からないまま、それから2週間がたった。もちろんまだ一馬のなかで結論が出たわけではなかったが、話し合わないことには前には進まない。これは夫婦2人の問題だった。