未開封の段ボールが、まだ家の中に多数残っていた。

舞子はキッチンの床に座り、食器を包んでいた緩衝材をほどいては棚に収めていく。シンク下の扉には養生テープが貼られたまま。せめてキッチンの動線だけでも整えないと、食事の準備もままならない。

無心で作業していたそのとき、インターホンが鳴った。モニター画面には、見知らぬ女性の上半身が映っている。

引っ越し直後の訪問者

「はい」

玄関ドアを開けると、冷えた空気がすっと入り込む。

「どうも。町内会の幹事の松田です」

50代くらいに見える松田は、クリップボードを抱え、回覧板のような紙束をずいと差し出した。舞子は受け取らず、半歩後ろに下がる。

「……米原です。初めまして」

「引っ越してこられたばかりですよね。こちら、町内会の規約と会費の案内です」

頭に浮かんだのは、部屋の中に所狭しと積み上がった段ボール。ここで余計な時間を取られれば、片づけが遅れ、そのまま夕食の支度に皺寄せが来るだろう。

「すみません。今、手が離せなくて。あとで見ますので、書類だけください」

「時間は取らせません。簡単に説明だけでも。会費は月に――」

松田は穏やかに話しながら、1歩こちらに近づいた。無遠慮に距離を詰められるのは昔から苦手だ。

舞子は眉をわずかに寄せた。

「今日は無理です。引っ越し直後でバタバタしてるので」

思ったより鋭い声が出た。松田は一瞬黙り、手元のボードを抱え直す。

「そうですか。ただ、町内会の連絡は回覧板で回ります。災害のときも……」

舞子はドアノブに手を添えて会話を切り上げた。

「必要なら、こちらから連絡しますので。わざわざありがとうございました」

「……分かりました。では、また改めて」

松田が引き下がるのを確認して、素早くドアを閉め、鍵をかける。深く息を吐き、キッチンへ戻ると、段ボールの山が増えているような気がした。荷解きの手は、自然と速くなった。