<前編のあらすじ>

もうすぐ1歳になる娘の慣らし保育が始まり、美波は初めて娘を他人に預ける不安と向き合う。泣く娘を残して園を出る初日を経て、4月末に復帰するスケジュールを確認し、ぎりぎりまで慣らし期間を取る判断に安堵する。

復帰初日、1年ぶりの職場は社内システムが刷新されており、美波は戸惑う。しかし同僚の佐伯に助けられ、思っていたより自然に業務へ戻ることができた。

保育園からの発熱の呼び出しがあるなどもあったが、美波は思うようにいかない状況を受け入れながら、夫とともに生活のリズムを少しずつ整え始めていた。

●前編【「またか」職場復帰する育休ママに降りかかる試練と保育園からの呼び出しコール地獄

復帰後初の給料日の衝撃

5月も半ばを過ぎ、娘が寝ついたあとのリビングには、ようやく1日の終わりらしい静けさが漂っていた。洗い物を済ませ、保育園の連絡帳を書き、翌日の着替えとおむつを袋にまとめる。そこまで終えてから、美波はソファに腰を下ろし、なんとなくスマホを手に取った。

そういえば今日は給料日だった。

夫はテーブルの向こうで、明日のゴミ出し用の袋を結んでいる。

「今日は早く寝てくれたな」

「昼寝が短かったからかも」

そんな会話を交わしながら、美波は会社の給与明細を開いた。画面が切り替わった瞬間、思わず指が止まる。

「……え」

思わず漏れた声に、夫が顔を上げた。

「どうした」

「ちょっと待って」

支給欄を見て、控除欄を見て、もう一度最初から見直す。数字の並びを勘違いしたのかと思った。しかし、何度確認しても差引支給額の前には、はっきりとマイナスの記号がついている。

「なにこれ」

夫が立ち上がって近づいてくる。

「どれ」

「これ」

「……あれ、マイナスだ」

「マイナスだ、じゃないのよ」

美波はスマホを差し出した。夫は受け取ってしばらく画面を見つめ、それから眉をひそめた。

「給料でマイナスってあるの?」

「私も今それを聞きたい」

「何か別の欄を見てるとかじゃなくて?」

「もう見た。3回見た」

案内欄には、不足分を会社指定の口座へ振り込むようにと書かれていた。文章の意味は分かるが、内容がうまく頭に入ってこない。

「そんなことある?」

美波が言うと、夫も半ばあきれたように画面を見たまま口を開いた。

「いや、初めて見た」

「私も。というか、見たくなかった」

「システムのエラーとか」

「だったら助かるけど」

そう言いながら、美波はスマホを取り戻し、再度画面を開き直した。しかし表示は変わらない。

控除額、不足分、振込案内。どこをどう見ても、意味は同じだった。

「なんでこうなるの」

「何か手当の処理が遅れてるとか」

「でも、わざわざ振り込めって書いてあるし」

美波は膝の上にスマホを置いたまま、しばらく動けなかった。保育園からの呼び出しや、復帰初日の緊張とはまるで違う種類の戸惑いだった。

「明日、会社に聞いてみる」

「そのほうがいいな」

「理由が分からないままだと気持ち悪いし」

「そうだな。でもまさか給料日に金を払えって言われることになるとは思わなかったな」

「ほんとに。何かの間違いだといいんだけど」