東京のアパートは、思っていたよりずっと狭かった。玄関を開けて1歩入っただけで、積み上げた段ボールがすぐ視界に入る。それでも、はるかにはその窮屈ささえまぶしく感じられた。今日からここが自分の部屋なのだと思うだけで、心が浮き立つ。
「はるか、ここの溝も、マステ貼っときなさいよ。そのほうが絶対掃除が楽だから」
「あとでやっとく」
「いっつもそういってやらないじゃないの」
「大丈夫だってば」
引っ越しを手伝いに来た母は、薬箱の入った袋を棚の脇に置き、落ち着かない様子で部屋を見回している。
「常備薬はすぐ取れる場所にしなさいよ。あ、懐中電灯もね。こないだ買った防災バッグに入ってるでしょ」
「別にどこに置いても同じじゃない?」
「ダメダメ。何かあったときに、ぱっと手に取れる場所じゃないと」
「お母さん、心配しすぎ」
母はシンクの下を開け、浴室の中までのぞいてから振り返った。
「ゴミの日は覚えた?」
「メモした」
「戸締まりはちゃんとするのよ」
「するって」
「知らない人が来ても、すぐ開けない」
「もう分かってるから」
口うるさいのは昔からだ。しかし、今日はいつにも増してひどい。さっきから同じようなことばかりだと、はるかは少しうんざりする。
「困ったことがあったら、我慢しないで連絡しなさいよ」
「はいはい」
「その返事が信用できないのよ」
母は最後までそんな調子で帰っていった。
玄関が閉まると、部屋は急に静かになった。床に座り込んだはるかは、残った段ボールを引き寄せ、ガムテープを勢いよく剥がす。窓の外では、見知らぬ街を走る電車の音が途切れずに続いていた。
