「やっぱり私立に入れたほうが……」

赤坂晃一(仮名)は関西の某県で暮らす48歳。大阪で経営していた不動産会社を売却した後、閑静な地方都市に移住し投資家として暮らしている。

資産家ではあるが、大半は投資に回しているため、自由に使えるお金は普通の会社員とそう大きく変わらない。そのため晃一には自分が裕福な資産家だという意識が薄かった。

妻・理子(37歳)との間に長男・晃太郎(12歳)がいる。大手メーカーの子会社で働く理子は、息子には私立中学を受験させようと思っていた。

だが、夫の晃一が「エリートばかりの進学校より、できるだけ普通の学校を経験させたい」と言い始めたこともあって、晃太郎は公立中学に進学していた。

夫妻そろって晃太郎の入学式に参列したその夜、晃一と理子は、その日感じた違和感について話し合っていた……。

 

「やっぱり私立に入れたほうが良かったかもしれないな」

ため息をつきながら晃一が言った。お酒に弱く甘党の晃一はシュークリームをつまんでいた。

理子は体型を気にして糖分を控えているので、何も食べずにお茶だけ飲んでいた。晃太郎は疲れたらしく、すでに自分の部屋に引き取って眠っているようだった。

「あなたもそう思った?」

理子はダイニングテーブルの上で頬杖をついていた。心なしか恨みがましい目で晃一のほうを見ている。

「やっぱり、公立の中学は設備も古いし、教育の質も不安じゃない?」

「まあね。ただ、いまさらそんなこと言っても仕方ないだろ」

晃一はいささかうんざりしていた。理子はずっと「晃太郎は私立に入れるべき」と主張していたが、この点については何度も話しあったはずだった。

最高の教育はむしろ人をダメにする。それよりも足りない部分は自分の努力で補っていく姿勢を身につけてほしい。それが晃一の考えだったし、理子も納得してくれたはずだった。

「でも、晃太郎がいじめにあったりしたら大変だなって、ちょっと心配になっちゃって……」

「いじめられると決まったわけじゃないだろ。今から心配してもしょうがない。それに、進学校より競争相手が少なくて有利かもしれないし」

それは晃一がずっと主張していたことだった。下手に進学校へ入れて落ちこぼれるよりも、公立でトップクラスを維持するほうが、将来のためになると考えていた。

晃一自身も受験で失敗した経験があった。ただその後必死に努力し這い上がったと自負していた。そんな経験もあって、進学校から名門大学へ進む「学歴エリート」のことは嫌っていたのだった。

「でも、本当に大丈夫かな……。晃太郎から『学費をケチった』と恨まれたりして」

「そんなつもりじゃないし、大丈夫だろ」

晃一は決して学費をケチったわけではなかったが、見栄っ張りなので、ケチだと見られることは少し気にしていた。

「けど、まあ、確かにいろいろ心配になったのは間違いないよな……」