<前編のあらすじ>
柳原壮一郎(66)は、妻の佳世子とともに都心部のタワーマンションに暮らしていた。
壮一郎は長年、国立大学で日本文学を教えていたが、半年ほど前に退官。以来、悠々自適の暮らしを送っていた。
ところが、ここしばらく、隣の部屋の騒音に悩まされていた。先月、あらたに引っ越してきた若い女性住人が、毎晩のように大騒ぎしているからだった。
我慢の限界に達し、直接隣人に注意した壮一郎だったが、逆にひどい暴言を投げつけられてしまった……。
●前編:【「映えないジジイが、カワイイあたしに文句言うんじゃねえよ!」タワマンに住むインフルエンサー女性が66歳元大学教授に発した暴言】
「インフルエンサーらしいですよ」
柳原壮一郎が、隣に住む若い女性から罵倒された日から、1週間ほど経っていた。
それからも隣の部屋の騒音は続いていた。特に夜中になると「配信」とやらが始まるらしく、急に大きな声で笑ったり叫んだりが始まる。
時には朝まで続くこともあるので、柳原夫妻は寝不足が続いてしまっていた。
困り果てた彼は、このタワマンの古株住人の一人で、管理組合の理事をつとめる、小川貴久(72)の部屋を訪れ、相談していたのだった。
「512の住人がうるさいっていう話かあ」小川貴久の口調には、またその話か、といったニュアンスが感じられた。
「実は同じ話を別の住人からも聞いてますよ。何でも、夜10時くらいになると急に大声を出すとか」
「ええ、そうなんです」ようやく理解してくれる人を見つけた安心感から、壮一郎はほっとしながら言った。
「その若い女性、何でも佐々原ユリとかっていう名前のインフルエンサーらしいですよ」小川貴久が言った。
「インフルエンサー?」
「そう。私もあんまり詳しいことはわからんが、ユーチューブに出たり、SNSにいろいろ投稿したりするのが仕事らしいですよ。毎晩大騒ぎしているのはその動画を撮るためらしい」
「なるほど」壮一郎は言った。インフルエンサーがどういう仕事なのか、あまり詳しいことは分からなかったが、それでお金を稼いでいるという事実は、あの若い女性が激怒した理由として納得のいくものではあった。
「要するに『営業妨害するな』というニュアンスがこめられていたわけか」壮一郎がそう言い、ため息をついた。
「だからといって、毎晩大騒ぎしていいもんじゃない」
それを聞いていた小川貴久は同情するように言った。
「インフルエンサーだか知らんが、さすがに苦情も出ているし、さすがに管理組合から注意しておきますよ」
小川貴久は言った。
「でも、向こうはそれが仕事だという話ですから、そう簡単に納得してくれるでしょうか」
「でも納得してもらわんと仕方がない。あまりにも迷惑行為が続く場合は、もっと強硬な手段を使うことになるしな」
