<前編のあらすじ>
妻・幸代を亡くして半年、周吾は年金13万円で細々と暮らしていた。生きる張り合いもなく、食事はスーパーの半額弁当ばかり。長男・裕太との関係もこじれたままで、電話が来ても責められるばかりだった。
そんなある日、周吾はスーパーの帰り道で弱った白い犬を見つける。放っておけなくなった周吾は家に連れ帰ることにした。犬は“大福”と名づけられ、周吾は成り行きで飼い始める。
大福との生活には出費も手間もかかったが、それまで空虚だった周吾の日々には初めて充実感が生まれていた。ところが、ある日の朝、元気だったはずの大福が突然ぐったりと動かなくなり、周吾は頭が真っ白になる。
●前編【年金13万円、半額弁当、会話ゼロ…終わったような老人の人生に割り込んできた“白い厄介者”の正体】
年金暮らしの老人が直面した現実
周吾は大福を毛布にくるむと震える腕で抱き上げ、そのまま家を飛び出した。駅前の動物病院の自動ドアから駆け込むと、受付にいた女性が驚いたように顔を上げた。
「どうかされましたか……?」
「犬が動かないんだ。息も苦しそうで……。頼む、診てくれ」
周吾は毛布にくるんだ大福を女性に見せた。女性はすぐに問診票を手に取った。
「初めてのご来院ですか?」
「ああ、初めてだ」
「飼い主様のお名前とワンちゃんのお名前をお願いします。ワクチンの接種歴や持病は分かりますか?」
女性の問いに周吾は言葉を詰まらせた。大福は拾った犬で詳しいことは何も分からなかった。
「いや、それは……」
「そうですか。状態によっては血液検査や点滴などの処置が必要になるかもしれません。その場合費用は数万円かかることもあります。ペット保険には加入されていますか?」
「保険……?」
「……もし入ってらっしゃらない場合は基本的に全額負担となります」
周吾は口座に残っている額を思い浮かべた。次の年金までまだ日がある。今すぐに数万なんて額を払える余裕はなかった。
「……今すぐにそんな金を払うのは無理なんだ。だが来月になれば年金が入る。それで払うよ」
しかし女性は困ったように眉根を下げた。
「申し訳ありません。当院では基本的に後払いでの診療はお受けしてないんです」
「そんなこと言って大福が死んだらどうする⁉」
思わず声を荒げてしまった。待合室にいた人たちの視線が一斉に周吾に向く。女性も少し身を引いた。
その反応を見て周吾ははっとした。また同じことをしていると気付いた。困ったら怒鳴って強い言葉で押し切ろうとしていた。だがそんなことをしても大福は助からない。
「……大きな声を出して申し訳ない。全部俺が悪いのは分かっている。金がないのが悪いんだ」
そう言いながら周吾は女性に頭を下げた。
「でも頼む。大福を診てやってくれ。金は必ず払う。俺にできることは何でもする。だからこいつを助けてやってくれ」
「……お気持ちは分かりますが」
「とりあえず中に運びましょう」
声がして顔を上げると、白衣の男が立っていた。
「診てくれるのか?」
「まずは中に」
そう言って男は大福を引き取り、診察室に入っていった。
周吾は診察室には入れず、ただ待つことしかできなかった。待っている間、大福が回復することを願い続けた。
