<前編のあらすじ>

夫・栄司からの人格否定、無視、金銭支配などに30年苦しんできた陽子は「モラハラ」という言葉を知り、自分が受けてきたことが普通ではないと気づいた。

陽子は意を決して栄司に離婚を切り出すも、栄司は「誰のおかげで生活できたと思ってるんだ」と嘲笑し、話し合いを拒否。

その後、義母・頼子が突然訪ねてきて「女は家庭の柱にならなきゃ」「我慢してきた」と古い価値観を押し付ける。陽子は反論の言葉を飲み込むしかなかった。

●前編【「誰のおかげで生活できたと思ってるんだ」モラハラ夫に離婚を切り出した妻に突きつけられた現実

子どもたちが味方になる

週明けの午後、陽子は買い物袋を下げて玄関の鍵を開けた。郵便受けにはチラシが数枚。何気なく手に取った瞬間、背後から駆け寄ってくる気配がした。

「お母さん!」

声に振り向くと、息子の浩太と、娘の美咲が立っていた。2人とも仕事のあるはずの平日だ。驚きが先に立ち、言葉が出ない。

「どうしたの、急に……」

「おばあちゃんから電話があってさ。あんまり腹立つことばっか言うから、美咲と話して、今日これから行こうって」

浩太が不機嫌そうに言い、美咲がすぐに続いた。

「“お母さんが勝手に家を出ようとしてる”って。そんな言い方ある? 私もう我慢できなくて……」

陽子は、何も言えなかった。

子どもたちには心配をかけたくなかった。離婚の話は、もっと落ち着いてから自分の口で伝えようと思っていた。

「そう……とりあえず、あがってくれる?」

リビングに入ると、美咲が陽子の手から買い物袋を受け取ってキッチンへ向かった。浩太はテーブルについたが、落ち着かない様子で指を組んだりほどいたりしている。

「……お母さん、やっぱり限界だったんだよね」

「うん……決めたの。もう我慢しなくていいって」

静かに答えた陽子を見て、浩太は深くうなずいた。

「俺、わかってたんだよ。小さいころからずっとさ。お母さんが台所で泣いてる声とか……聞いたことあるし」

「浩太……」

「でも何もできなかった。怖かった。父さんが怒ると空気が一気に冷たくなるし、何言っても無駄って思ってた。でも、それが一番だめだったって、大人になってやっと思った」

横から、湯飲みを運んできた美咲が言葉を継ぐ。

「私も、社会に出て、他の既婚者の人と接してみてわかった。夫婦って、そんなに一方的になっちゃだめだって。お母さんの立場、ほんとにつらかったよね。どうしてもっと早く気づけなかったんだろ……」

陽子の目元がじんわり熱くなった。

「……2人ともありがとう。来てくれて」

あとは喉の奥がつまってしまって、それだけ言うのが精一杯だった。