冬の社員食堂は、どこからともなく冷たい空気が流れ込み、椅子の脚が床を擦る音が乾いて響いた。

亜矢子は窓際の席に座り、保冷バッグから弁当箱を取り出す。ふたを開けると、朝に詰めたおかずの匂いがふわりと立ち上がった。箸を動かしながら、机に置いたスマホを片手で操作するセールページに冬物ニットが並び、「本日限定10%OFF」の赤文字が目に入ったところで、

「山本さん、お疲れ」

と声がした。顔を上げると、トレーを持った同僚が立っていた。

自由を失った結婚生活

「お疲れ、遅かったね」

「うん、今週有給取るからさ。仕事残したくなくて」

「え、そうなの。奇遇だね、私も金曜日有給」

彼女は同期のようなものだ。互いに中途採用で入社した時期が近く、前職がブラック気味だったことや同年代ということもあって、すぐに打ち解けた。別の部署に異動になった今でも、一緒に昼食を食べる程度には親しい。

「それより聞いてよ。うちの旦那、また散財してたんだけど」

「ゲーム?」

「そう。ゲーム機の周辺機器、コントローラーとかヘッドセットとか、こっそり買ってた。ポイント付くから得だとか言って、全く反省してないの」

「大変だね」と返しながら、亜矢子は夫・和毅の顔を思い浮かべた。

現在、家計の管理は和毅に一任している。亜矢子の給与は、共用口座に集約され、家賃や光熱費、保険料はそこから落ちる。家族カードは1枚持っているが、月の使用上限が決められ、自由に使えるわけではない。

そうなった原因は、亜矢子にある。

結婚してしばらく経ったころ、亜矢子の買い物量が一気に増えた。転職と結婚という大きなライフイベントが立て続けに起こり、気苦労が絶えなかったせいだろう。セールのたびに服とコスメを買い、宅配の段ボールが玄関に積み上がった。几帳面で無駄を嫌う性格の和毅は、明細を見て呆れ、浪費だと亜矢子を咎めた。

以来、我が家の収支は彼の手の中にある。頭では仕方がないと理解しつつ、ネットショッピングや友人とのランチさえもためらってしまう今の生活に息苦しさを感じていることは事実だ。

「改めて思うけど、金銭感覚って大事だよね」

「だね。歳取ってからだと変えられないし」

「そう、それ。こんなことなら新婚時代にもっと厳しく教育しとくんだった」

同僚は味噌汁を飲み干して箸を置くと、肩をすくめて笑った。亜矢子も空になった弁当箱を片付ける。どちらからともなく立ち上がり、エレベーターホールへ向かう。

「じゃ、お疲れ。あ、私金曜いないから」

「うん。っていないのは私も一緒だけどね」

自分の執務フロアで降りていった同僚に手を振り、亜矢子は階数表示が上がっていくのを見つめた。