<前編のあらすじ>
夏美は娘のさくらが大手企業から内定をもらったことを誇りに思い、ママ友や親族に嬉々として報告してきた。就職氷河期直前の厳しい就活で挫折した夏美にとって、娘の成功は自分の理想を叶えたものだった。
ある日、さくらから単位を落とし留年になったこと、内定も取り消しになることを告げられ、夏美は周囲への説明や世間体を気にして感情的になってしまう。
さくらは「お母さんは吹聴した手前、引っ込みつかなくて恥ずかしいだけ」「自分が安心したいだけ」と図星を突く。夏美は返す言葉を失い、母娘の間には深い溝ができた。
●前編【「親戚にどう説明すればいいの」娘の大手内定を自慢していた母親…まさかの内定取り消しで気づいた“娘への押しつけ”】
ぎこちない日々が続く母娘
玄関の鍵が回る音がして、さくらがリビングに入ってきた。スプリングコートを脱いだ彼女は、薄手のニットにジーンズ姿。留年さえしていなければ今ごろスーツで通勤していたのに、と思わずにはいられない。
「ただいま」
「おかえり」
「ご飯、もうちょっと待ってね」
「うん」
あの夜以来、母娘の会話はどこかぎこちないものになっている。
さくらは表立った非難こそしないものの、夏美に対して距離を置いているのがわかった。感情的に叱った場面を思い出すたび、自分の中に後ろめたさが弾ける。
『吹聴した手前、引っ込みつかなくて恥ずかしいだけでしょ』
ふとした瞬間に、頭の中で鳴る台詞。
夏美は、それをかき消すように包丁で野菜を刻んだ。
なかなか娘と向き合えない理由は、他にもある。それは、さくらの留年を知った夫の反応が、意外なものだったこと。
「まあ、1年くらい仕方ないだろ」
淡々とした口ぶりだった。夏美はそれが腹立たしくもあり、羨ましくもあった。自分だけが神経質だと指摘されているようで、居心地が悪い。
「大学はどう?」
夏美は鍋をかき混ぜながら聞いた。
さくらはリビングのソファに座り、スマホを見ている。
「普通」
「……そう」
就活が始まる春になっても、さくらはスーツを出さなかった。去年のように会社説明会の資料を持ち帰ることもない。夏美はその生活のリズムが、不安だった。
「ねえ、さくら……いつ就活始めるつもり?」
火加減を弱める指に力が入る。
「このままでいいの? 周りの子はもう動き始めてるんじゃない?」
畳みかけると、さくらがようやくスマホから顔を上げた。
「私なりにちゃんと考えてるよ」
「ちゃんと、ってなに。ただでさえ、留年で不利になるかもしれないのに」
「わかってる」
やがて夕飯が完成し、気まずい空気の中、夏美はさくらと向かい合って座った。
