どこか冬の名残を残した平日の昼下がり、夏美は駅前の飲食店でママ友たちと向かい合っていた。娘のさくらが小学校のころに知り合ったのだから、彼女たちとはかれこれ10年来の付き合いということになる。テーブルには、4人分の日替わりランチプレートと、湯気の立つスープ。味の感想もそこそこに、話題は自然と、子どもたちの近況へと流れていく。

「さくらちゃんも、就活終わったんだっけ?」

「そうなの。無事にメーカーから内定もらってね。春から社会人よ」

フォーク片手に答えながら、自分の声が少し弾むのがわかる。続けて大手企業の社名を出すと、わっとテーブルが沸いた。

「そんな大手に受かるなんて、すごいじゃない」

「おめでとう。やっぱりさくらちゃんは優秀ね」

「ありがとう。ほんと、これでひと安心っていうか」

去年の10月、さくらの内定が決まってからというもの、夏美は会う人会う人に似たような話を繰り返してきた。

近所で立ち話になれば、「実は娘が来年就職で……」と切り出す。正月に実家に帰省したときには、集まった親族たちの前で、嬉々としてさくらの進路を報告した。

「さくらちゃんは、立派ね」「親としては羨ましいわ」

そんな賛辞を受け取るたび、自分まで褒められている気がして嬉しくなった。

夏美が就活生だったころは就職氷河期の直前で、文系の女子は特に厳しかった。例にもれず就職活動がうまくいかなくて悔しい思いをした経験がある。面接で落ち続けたあの苦渋の日々を、20年以上経った今でも時々思い出す。だからこそ、新卒で一流企業への就職が決まった娘の存在は、夏美にとって何よりの誇りだった。

「やだ、もうこんな時間」

「ほんとだ。私、今日中に買い物行っとかないといけないんだった」

店内の時計が午後2時を少し回ったころ、そんな会話が交わされた。テーブルの上には空になった皿と、飲みかけのコーヒーの輪染みだけが残っている。

「じゃあ、そろそろ行こっか」

誰かがそう言うと、全員がいっせいにコートに手を伸ばした。会計を済ませて扉を開けた瞬間、乾燥した空気が頬に触れる。

「また来月、時間合わせようね」

「うん、次は新しいお店行きたいな」

横断歩道の前で、2人が手を振って別れ、駅へ向かう1人が「じゃあね」と軽く手を上げる。1人になった夏美は、ちょっとした高揚感を携えて家に向かって歩き出した。