<前編のあらすじ>

冷たい水を飲んだ瞬間、奥歯に激痛が走る同棲2年目のエンジニア・大輔。美容師の彼女・三奈に歯医者へ行くよう勧められるが、「忙しい」「気のせい」と先延ばしにし続けた。

仕事中も痛みに集中力を削がれ、鎮痛剤でしのぐ日々。帰宅後の夕食では、三奈が作った鶏の照り焼きをまともに噛めず、ついに限界を迎える。

診察の結果、虫歯は8か所見つかり、治療は何週間も続くと告げられた。気のせいだと言い張り、忙しさを言い訳に先送りしてきた代償を、大輔は思い知ることになった。

●前編【「忙しくて時間がない」冷たい水で激痛…治療を先延ばしにした20代男性が受け取った治療計画書の衝撃内容

前歯治療に立ちはだかる壁

3回目の通院の帰り、大輔は駅から家までの道をいつもより遅く歩いた。麻酔がまだ残っていて、口元の感覚が鈍い。頬の内側を噛まないように唇を閉じ、鼻で息をする。

「ただいま」

帰宅してリビングの扉を開けると、三奈がキッチンから声をかけた。

「おかえり。今日どうだった?」

大輔は鞄を置き、病院の封筒を取り出した。領収書と、次回の予約カードと、もう1枚。

「前歯の治療が、思ったより面倒らしい」

「面倒って……手術? 顎削るとか?」

「いや、そういうんじゃなくて……他の場所とやり方が違うっていうか」

テーブルに座って紙を広げる。歯の図に丸が付いているのは前回と同じだが、前歯のところだけ印が別の色に変わっていた。

「ここ。大きい虫歯なんだって」

「見れば分かる」

「で……俺、受け口じゃん」

コンプレックスというほどではないが、自分で言うのは少し恥ずかしい。

しかし、三奈はなんでもないことのように頷いた。

「それで? やっぱ顎削る?」

「だから、削らないって。そうじゃなくて、その……噛み合わせの力が歯の前側にかかるから、普通の詰め物だと欠けやすいって。だから……」

「あ、もしかしてセラミック?」

「そう、それ。固くて、きれいで、長持ちで」

良さげな単語を並べたところで、三奈は誤魔化せない。彼女は紙をひょいと取り上げ、下の欄を指で押さえた。

「要するに、保険きかないんだよね」

「うん」

「要するに、高いんだよね」

「……はい」

金額が視界に入った瞬間、三奈の眉が動いた。

「1本で、これ?」

「1本で、これ……です」

大輔は苦笑いを浮かべる。

見積書には、前歯の欄だけ太字で「セラミッククラウン 142,000円(1本)」と印字されている。さらに別紙に仮歯や調整、接着の費用が並び、合計は15万円に届きそうだった。

レジン混合で比較的安価なグレードもあるらしいが、前歯は透明感や審美性が求められるため、どうしても高めになるのだと説明された。

「手痛い出費だよな」

「手痛いのは、放置したこと」

「それは、そう……です」

罰が悪くて視線を逸らすと、リビングの洗濯物の山が見えた。あれだけ積み上げたのは他でもない自分自身。

「忙しい忙しい、って言ってたけどさ。時間がないなら、なおさらだよ。放置のリスクの方が大きいんだから」

三奈の声は淡々としている。大輔は紙を揃え、封筒に戻した。

「……うん。今回は、さすがに堪えた。ごめん」

「謝るより、行動を変えよ」

三奈はテーブルの端を軽く叩いた。小さな音が、やけに響く。

大輔は頷いたが、胸の奥に残る不甲斐なさは消えなかった。悪いのは、面倒事を先送りした自分だ。