救われた命と周吾の後悔
しばらくして白衣の男は周吾を診察室に呼び入れた。大福は診察台の上で横になっていたが、呼吸は落ち着いていて顔色も良くなっているように見えた。
話を聞く限り、慣れない環境での疲れとさらに軽い脱水が重なり体調を崩していたとのことだった。命に別条はなく、しばらく安静にしていれば回復するそうだった。
「そうか……よかった……」
「それと今回の処置は大きなものではありませんでしたので、費用は結構です」
医者の言葉に周吾は驚いて目を丸くした。
「……え? いやでも……」
「今回だけです」
医者は厳しい目で周吾を見てきた。
「その代わり今後は必ずワンちゃんが治療を受けられるようにお金を用意しておいてください。餌やしつけをすることだけが飼い主の務めではありません。ちゃんと責任を持って一緒にいてあげてください」
周吾に返す言葉はなかった。ただ深く頭を下げてお礼を言うことしかできなかった。
「……本当にありがとうございました」
そして帰る際、受付の女性にも何度もお礼を言った。
大福を抱えながら周吾は家路についた。腕の中の大福はまだ少しぐったりしていたが、病院へ向かうときと違い呼吸はかなり落ち着いていた。快方に向かっていると思い、周吾は胸をなで下ろした。
歩きながら、周吾は病院での出来事を思い出していた。
あんなに頭を下げたのは初めてだった。サラリーマンだった頃から弱みを見せたら負けだと思っていた。だから家でも会社でも強い言葉を使ったり、態度を見せたりしていた。幸代や裕太に頭を下げたことはただの1度もなかった。こちらが間違っていると分かっていても謝ることはしてこなかったし、感謝もしてこなかった。
しかしそれは間違っていたのだろう。
頭を下げることは負けることではなかった。誰かのために頭を下げることは惨めでもなんでもなかった。
家に戻ると周吾は大福をいつもの寝床にゆっくりと寝かせた。大福がこちらをじっと見つめているので、周吾は軽く頭をなでた。
「もう大丈夫だ。今日はゆっくり寝てろ」
そう言うと大福は軽く尻尾を振って目を閉じた。ちゃんと会話が成り立っているようでとても嬉しかった。
やがて周吾は健やかに眠った大福の姿に目を細め、手にした携帯電話に視線を向けた。
画面には裕太の名前が表示されていた。いきなり電話をしても迷惑だと思われるだろう。怒られる可能性すらあるだろう。でも今の気持ちを伝えないといけないと思った。自分が今まで家族にしてきたことをこのままにしておきたくなかった。
「ちゃんと謝らんとな」
そう心に決めて、周吾は裕太に電話をかけた。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
