晴美は53歳という若さでこの世を去った。
5年前に血液のガンが見つかり、余命3年と言われた晴美は必死に病気と闘った。余命より2年も長く生きてみせた。
一郎はそんな妻を愛し、そして感謝していた。
高校生のときに晴美と知り合い、幸運にも付き合えることになって、一郎はずっと妻のことを第一に生きてきた。まだまだ同世代の連中には亭主関白的な考えが色濃く残っているなかで、一郎は“バカ”がつくほどの愛妻家だった。
晴美は休みの日は必ず一郎をどこかに連れ出した。これといった趣味のない一郎は、楽しそうな晴美を見ているだけで幸せだった。
「私がいなくなったあと、あなたのことが心配だわ」
病床の晴美は色が消え乾いた声で毎日のようにそう繰り返した。お砂糖とお塩は右の戸棚の下の段。通帳は和室のタンスの上から2段目。お酒は1日1缶まで。お風呂掃除も週に1度はしてちょうだいね。
そうやって晴美は一郎の心配をしてばかりだった。一郎は自分がふがいないせいで、晴美を安心して眠らせてやることもできないのかと情けなくなった。
だから晴美が亡くなったとき、宣告された余命をはるかに伸ばし、自分のために生きてくれたことを感謝した。一郎は晴美が安らかに眠れることを祈った。
しかしやっぱり、どうしても悲しかった。