亡き妻からの手紙
倦怠(けんたい)感を抱えたまま家に帰った。28歳のとき、晴美の喜ぶ顔が見たくて無理して買った注文住宅。増えるはずだと思っていた家族は増えず、とうとうこの2階建ての家に1人で住まなければいけなくなった。
夕食はチャーハンを作った。晴美が亡くなってからは食事も楽しくなくなったから、毎日ほとんど同じものしか食べていない。
つけっぱなしにしてあるテレビをぼうっと眺めながら、一郎はこれからのことを考えた。
働く意味も分からないが、家に居続ける意味もない。1人で何かをしようにも、晴美なしでやることが楽しいとは思えない、俺は……
一郎が途方に暮れていたとき、とあるニュースが目に入った。
それは自殺者が急増しているとのニュースだった。
その瞬間、天命が聞こえたような気がした。
「……そうか、自分で終わらせればいいんだ」
思い立った一郎は慣れないインターネットで情報を調べた。検索すると一番上に、カウンセリングの勧めと電話番号が表示された。インターネットってやつは賢いなと感心した。
できるだけ苦しくない方法を探した。
練炭を使う方法が人気があるようだった。しかし1人で準備するのはあまりに骨が折れるし、ホームセンターへと買いに行けば店員から不審がられるかもしれない。却下だった。
電車に飛び込もうかとも考えたが、他の人に迷惑をかけるのは忍びない。それに最寄りは特急が止まる駅なので、素早くひいてはもらえないだろう。“ゆっくりひかれると死ぬほど痛い”と口コミに書いてあった。これから死ぬのに、死ぬほど痛いというのはどういうことなのだろうか。一郎は少しだけ口コミの意味を考えて、これも却下した。
こうして一郎はいろいろな自殺の方法を生き生きと調べ続けた。
何か目的ができると、自然とそれ以外の行動にも張りが出るから不思議だった。一郎はいつ死ぬことになってもいいように、家の整理を始めた。
家のローンは払い終えている。家を相続する相手もいないので、残しても心配ないと一郎は考えていた。とはいえ、晴美の遺品などは残しておくわけにもいかないと思っていた。晴美の私物を無関係の人間に見られるのは嫌だったのだ。
最初に手をつけたのは、病院から持ち帰った晴美の荷物。晴美が亡くなって以降、寝室に放置していた。一郎が処分するものを仕分けていると、とある詩集が目に入る。まだ本を読む元気があったとき、最後に読んでいた本だった。ページを開くと、1枚の紙が床に落ちた。
栞(しおり)かと思って手に取るとそれは紙を折り曲げたものだと分かった。きれいに折られた紙の内側にはびっしりと晴美の文字が記されていた。
それは晴美から一郎に宛てられた手紙だった。
拝啓 一郎さん
一郎さん、まだちゃんと生きていますか?
一郎の頰を音もなく涙が伝った。
●晴美が最後に一郎へ届けたかった「言葉」とは……? 後編【「保健所の犬を引き取るように」全てを見抜いていた亡き妻からのミッションで「変化したこと」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。