舗装のはがれた生活道路に、子どもたちの足音が響いていた。ボールがブロック塀に当たって跳ね返る。ベビーカーの周りに集まる若い母親たちの笑い声。
健司は、杖の先でアスファルトを叩きながら歩を進めた。
「おいっ!」
1人の子どもが走って脇を通り過ぎた時、健司は喉が裂けるほどの大声を張り上げていた。
「危ねぇだろうが! 子どもは公園で遊んでろ! 通行の邪魔だ!」
子どもたちは一瞬立ち止まって振り返り、すぐにまたけたたましく笑いながら駆けていった。
若い母親が小さく舌打ちしたのが聞こえる。今度は彼女たちが健司の標的になった。
「こんな暑い日に何をくっちゃべってる⁉ お前ら赤ん坊連れのくせに、馬鹿じゃねえのか! 」
鋭く言い捨てると、母親の1人が顔をしかめてベビーカーのひさしを引っ張った。互いに顔を寄せて「何あれ」「怖い」と囁き合う。誰も健司を見ようとしない。
「ちっ……」
健司は怒りの熱を腹にためたまま、歩いた。脚が痺れ、膝が抜けるように重い。杖が地面に接触する音が大きくなった。人の気配が背後に遠ざかっていく。
「……ったく、馬鹿どもがよぉ」
家の鍵を回すと、重たい空気がどっと押し寄せた。湿気と埃の混じった匂いが、靴先から鼻の奥までじんわりと這い上がる。玄関に脱ぎ捨てた靴は左右ばらばらで、片方は壁に倒れていた。台所の蛍光灯は切れかけていて、ちらつく白さが頼りなかった。
薄暗い中、レジ袋から出来合いの惣菜を取り出す。炊飯器に残っていた冷や飯をすくい上げ、開いたパックの透明な蓋へそのまま乗せた。レンジも皿も使わない。
いつからか、もう自分でも分からない。
流しの脇に置きっぱなしの焼酎のボトルを手に取った。ラベルは湿気で少し剥がれている。氷も水も使わず、コップにそのまま注いだ。ぬるいアルコールの匂いが鼻を刺す。
「う……あぁ……馬鹿野郎……」
焼酎のコップが半分ほど空いたころ、健司はそのまま背を倒した。椅子にもたれ、視線を天井に向ける。何も考えず、何も言わず、目を閉じた。吐く息が少しずつ深くなり、肩の動きが止まっていく。明かりはついたまま。惣菜とアルコールの匂いが混ざり合い、静かに部屋に沈んでいった。
