孤独な健司のもとに一匹の猫

夕方、玄関を出ようとしたときだった。門扉を開けると、地面に何かがいた。しゃがんで覗き込むと、猫だった。細い体、泥まみれの毛。後ろ脚の1本を浮かせて、かばっている。

「……てめえもか」

声が低く漏れた。健司が近づいても猫は逃げなかった。大きな目だけで、じっとこちらを見ていた。

ふと脳裏に浮かぶ雨上がりの川辺。岩場で滑った瞬間に衝撃が走った。骨に刺さるような水の温度。あまりの痛さに泣き声は出なかった。

(あれ以来、俺はずっと最後尾を歩いてる)

片脚を引きずる歩き方は、年齢によるものではなく、ずっと前からのものだ。事故の後遺症で片脚を取られ、いつも同級生の列から遅れた。

「畜生め……」

健司はゆっくりと立ち上がり、物置から、埃をかぶった段ボールと古毛布を引っ張り出した。虫食いの1枚を確認してから、玄関脇の軒下に敷いた。猫はまだ石の陰にいる。

「来い……来いよ」

猫は動かない。

「ちっ……勝手にしろ」

健司はいったんその場を離れたが、夕方にまた戸を開けてみると、猫は毛布の端に前足をのせていた。近づけば逃げるかと思ったが、動かなかった。

「……行くぞ」

猫は目を開けたが、抵抗しなかった。段ボールごと持ち上げて、玄関を出た。無言のまま、足を引きずって路地を折れた。