「タワマンで余生」元大学教授夫妻の災難
柳原壮一郎(66)が勤めていた大学を定年退官したのは半年ほど前のことだった。
私大の教授にならないかという誘いもあったが、全部断ってしまっていた。子ども二人はもう自立しているし、多少の蓄えもあった。マンションのローンも完済しているし、当分の間は年金で十分暮らしていけそうだった。
今はあくせく働くより、これまで読む時間がなく積ん読になっていた本を読んだり、妻の佳世子と二人でゆっくり旅行したり、悠々自適の生活を送りたいと思っていた。
そんな平穏無事な生活がおかしくなったのは、つい先月のことだった……。
「ねえ、また……」
妻の佳世子が不愉快そうに眉をひそめている。それを見ている壮一郎も同じように不愉快だった。
「ああ。まただな……」
週末金曜日の夜10時。二子玉川にあるタワーマンションの住人、元大学教授の柳原壮一郎と佳世子夫妻の部屋はしんとしていた。もともと二人とも物静かなタイプだった。最近はテレビも見ないし、夜のこの時間は特に用事がなければ好きな本を読んだりして穏やかに過ごしている。
だが、その夜、そんな物静かな夫妻の部屋に、隣の部屋の騒音が漏れ聞こえていたのだった。
「ぎゃははっ!」
「ウケる!!」
声の主はおそらく若者だろう。それもおそらくは女性の声のように聞こえる。かんだかい声をはりあげ、フルボリュームで笑ったり、床や壁を叩いて大騒ぎする物音が、小一時間前から続いていた。
「それマジ最高なんだけど!!」
単語まではっきり聞こえた。柳原夫妻は顔を見合わせ、長いため息をついた。
