<前編のあらすじ>
高額イヤホンの購入に二の足を踏んでいた裕樹は、出産を控えた妻・美織から、たばこをやめて節約することを提案される。だが裕樹にとって喫煙は、仕事や家庭のストレスから離れられる貴重な時間でもあり、簡単には手放せない。
妊娠9カ月を迎え、心身ともに余裕を失っていた美織は、たばこを吸い続ける裕樹に対し、赤ちゃんへの悪影響や夫としての覚悟を問い詰める。裕樹も、自分なりに努力しているつもりだっただけに反発し、2人は激しくぶつかってしまう。
口論の後、裕樹は再びたばこを吸おうとする。しかし、美織の「本当に子どものことを考えてくれているの?」という一言が胸に残り、火を付けることができない。裕樹は、父親になることの意味を改めて突きつけられる。
●前編【「たばこくらい」の一言で限界突破……妊娠9カ月の妻が夫に突きつけた最後通告】
冷え切った空気の中で陣痛へ
予定日が数日後に迫っていた。あの日以来、美織とは最低限の言葉しか交わさず、家には息が詰まるようななんとも重たい空気が広がっていた。事前の検診で管理入院が決まり、3日前から美織は家にいない。とはいえ当然、仕事に集中できるはずなどなく、裕樹はパソコンに作成中の資料を映したまま、さっきからずっとぼんやりしていた。
あくびをひとつ挟んだ瞬間、机の上に置いてあったスマホが震えた。電話に出れば、かかりつけの産婦人科からで、美織の陣痛が始まったとの連絡だった。
裕樹はイスから立ち上がると、カバンを掴み損ねて床に落とした。
「すみません、妻の陣痛が始まったみたいで……」
上司に説明する声は自分でも分かるほど上ずっていた。前もって産まれるときは早退をさせてもらうと伝えていたので、上司はすんなり受け入れてくれた。
会社を出た裕樹はすぐにタクシーに乗り込み、病院へと向かった。
