永瀬藍子は36歳。江東区の公団住宅で夫の永瀬浩一(45)と子ども2人と一緒に暮らしている。
もともと藍子もフルタイムの仕事を持っていたが、2人目を出産し子育てが大変になった。ちょうど夫が栄転して管理職になり収入が増えたこともあって、藍子はフルタイムの仕事を辞め、地元のスーパーでパート勤務しながら、主婦として家庭を支えていた。
藍子にとってスーパーの仕事は初めてだったが、もともとフルタイムの仕事をしていた経験も生き、仕事を覚えるのは早かった。お客さんからの評判も良く、また、同僚の従業員からも信頼された。
そのためスーパーに勤務しはじめて1年ほどでリーダーに抜擢され、今ではパート従業員のシフト作成もこなす、欠かせないスタッフとなっていた。
そんなある日、事件が起こってしまう……。
「お客さんがちょっと怒っていて」
「あ、永瀬さん、ここにいたんだ……」
調味料の品出しをしていた永瀬藍子は、急に後ろから声をかけられた。振り返ると、パート従業員の吉村美枝(48)が困惑しきった表情で立っているのが見えた。
「あ、吉村さん……」
永瀬藍子は品出しの手をとめ、立ち上がると、吉村美枝に近寄っていった。
その表情から、何かトラブルが起きたことはわかっていた。スタッフの中にはスーパーの仕事の経験が浅い人も多い。接客がはじめてというスタッフもいる。そんなスタッフをサポートするのも、永瀬藍子の仕事の一部だった。
「どうかしましたか?」
「実は、レジのところでお客さんがちょっと怒っていて、手がつけられなくて……」
そう言ってうつむく吉村美枝を見ながら、永瀬藍子は、またか、と思っていた。
